クリスマスシーズンと赤坂プリンスホテルという組み合わせには、バブル時代の空気感と結びつく(良くも悪くも)夢のような華やかさを連想させるものがあります。いまは時代も変わり、丹下健三による高層ホテルは取り壊されて、かつての「赤プリ」の名前はチューダー様式のクラシックハウスに残るのみとなっています。プリンスギャラリー東京紀尾井町は、そうした歴史を引き継ぎながら、現代的なラグジュアリーを体現するプリンスホテル系列の最上級のホテルです。このホテルには、都会的な刺激と軽やかでほっとする雰囲気が同居していて、とりわけこの時期の華やかなムードとも響き合うに違いない…それに触れてみたくて、ここの客室を取ることにしました。今回はその滞在の様子についてリポートしてまいりましょう。
チェックイン
今回は昼前にホテルに到着しました。紀尾井町まで車を走らせて、ビルの2階部分に位置する車寄せに。駐車場の狭い路地を抜けていくと、ひときわ広くて、高い天井から光の差し込むエントランスに行き当たります。
スタッフに鍵を預けましょう。にこやかでフレンドリーでありながら、必要な案内を必要十分にこなす、安定感のあるバレーサービスでした。ベルスタッフはホテルの顔というけれど、やはりこのとき受けた印象は、最後までさほどぶれなかったように思います。エントランスには躍動的なオブジェがあり、全体的にはクールなインテリアコード。同じプリンスホテル系列ということで、芝公園のプリンスパークタワーの雰囲気にも似ている、良くも悪くも軽さを感じさせる空間だと思います。
ベルスタッフがエスコートしてくれて最上階に向かう途中で「今回はクラブラウンジでチェックインの手続きをさせていただきます」と案内してくれました。もともと我々はスタンダードタイプのデラックスルームを予約しておいたのですが、どうやらクラブアクセス付きの部屋にアップグレードしてくれたようです。頻繁にラウンジを利用するわけではなかったのですが、ちょっと軽くお茶をしたいときなどには重宝します。
プリンスギャラリー東京紀尾井町のクラブラウンジは、かなりコンパクトな印象を受けました。そして平日にもかかわらず、それなりに人もいました。
丁寧なクラブルームのスタッフが手続きを進める一方で、ウェルカムドリンクをいただきます。アルコールの提供もあるようでしたが、我々はモクテルをお願いしました。今の季節は洋梨を使った甘さ控えめで爽やかな香りのするもの。赤坂の街並みや東京タワーなどが見える東側を眺めながら…この日はどんよりとした天気でしたが、この部屋の中は落ち着いていました。
客室・クラブデラックスキング
ラウンジで軽くモクテルを頂いたら客室に向かいましょう。今回は最上階、すなわちフロントやレストランと同じフロアに位置する客室でした。
部屋の扉を開くと、体を通してグレージュの落ち着いた色合いに、ビタミンカラーのアクセントが効いた元気になりそうなカラーコードの部屋。デイベッドが配されたフルハイトウインドウから抜ける迎賓館や六本木方面の展望があり、開放感もかなりあります。また照明の数がかなり多いというのも、明るくポップな雰囲気をさらに盛り上げます。設備としてはラグジュアリーだけれど、プリンスホテルらしい明るさが良い方向に発揮されていると感じます。
客室の明るさとは対照的にクールなウェットエリア。スタンダードタイプの客室なので、シングルシンクなのは仕方ありませんが、使い勝手は悪くありません。必要十分な設備が備えられているという印象です。
さりげなくクリスマスらしい飾りつけがなされていました。ところで、グラスもクリスマスのような色合いなのですが、これはもともとこういう色なのでしょうか…?
バスルームはすっきりと使いやすいデザインですね。椅子も置かれていて、もちろんハンドシャワーに加えてレインシャワーも設置されています。どちらにひねるとレインシャワーになるのかのサインのわかりやすくて、親切な感じがしました。
バスアメニティはバイレードの「LE CHEMIN」が用意されています。柑橘系ながら透明感のあるミステリアスな香りで、リラックスできます。これはマリオットの「ラグジュアリーコレクション」ではおなじみですよね。
ミネラルウォーターと小菓子が用意されていました。外がどんよりしている分、部屋のなかの明るさが際立ちます。このインテリアの雰囲気であれば、誰かと一緒でも落ち着いて過ごせるし、ひとりで滞在するにしても、それほど寂しい気持ちにならないような気がしました。
スパ キオイ バイ スイス・パーフェクション
今回我々はどこか外に行くわけでもなく、ホテルにずっと籠ってゆっくり過ごすことを考えていたので、せっかくだからスパトリートメントを受けることにしたのでした。
スパ施設は、フィットネスと同じフロアに位置していて、クールな雰囲気のインテリア。そう、このホテルは、ビタミンカラーの明るい雰囲気と、ブラックとメタリックのクールな雰囲気が同居しているのです。
曇り空の東京都心を望む誰もいないプールサイドは青い光を反射させて、なんだかとても神秘的な感じがしました。このプールの見えるスパのエントランスでカウンセリングシートに記入したら、温浴施設付きのロッカーで着替えて、トリートメントルームに移動します。温浴施設は撮影できませんが、ドライサウナや都心を一望できるホットタブなどがあり、明るい雰囲気のなかでくつろげる空間になっていました。ちなみに男性用のアメニティにはPaul Stuartのものが用意されていました。
今回のトリートメントルームはスパスイート。プールや温浴施設とも統一されたデザインコードのバスタブがついていて、2面の大きな窓からこの街を展望できるようになっていました。スイス・パーフェクションが手がけるスパトリートメント。今回は黒檀とオイルを使ったコースで、大胆なストロークがとても心地よいものでした。
トリートメントが終わると、スパスイートでしばしティータイム。ピオーネを使ったゼリーと洋梨を使ったゼリー、それに軽く香ばしい加賀棒茶が合わさります。フルーツの甘さを引き立てたゼリーは食感と合わせて楽しむことができて、すっかりリラックスした状態で、ゆるい時間を過ごすことができました。
ふとデイベッドに目を転じると、タオルでつくったかわいらしい象のカップルが座っていました。
蒼天での夕食、そしてホテルの朝と夜
客室に帰ってきて、オンラインの会議に参加。スパトリートメントですっかりリラックスしてしまって、とても緩い雰囲気だったことでしょう。会議が超過気味だったのは、ある参加者が中身のない話を延々と20分も展開してしまったからで、夕方の空腹時にはなかなかにつらいものです。終了後は速やかに予約していたレストランに駆け込みました。
今回はこのホテルの和食レストラン「蒼天」に。その名前が現しているように、天空にあるモダンなインテリアの中で和食を楽しめるというコンセプトのお店です。スクエアを強調した照明や明るい色合いの椅子を見ると、あまり和食という感じがしませんね。個人的にこの全体的な軽さこそプリンスホテルらしい魅力ではないかと思います。
ちなみに我々が行った日がたまたまなのか、ほぼ貸切状態と言っていいほどに他の客がいませんでした。今回はカウンター席で寿司を頂くことにしました。
カウンター席は奥の方に位置していますが、手前にはきらきらとした日本酒のディスプレイが設置されていました。こうした見せ方は個人的にラグジュアリーホテルというよりは百貨店などを連想させられる気がするのです。もちろんそれが悪いというわけではなく、重厚感とはまた異なる高級感あるこのホテルの重要な断片であると思います。一言で言えば、親しみやすさを感じさせられるとでも言いましょうか。
カウンター席に座ると、今回の寿司懐石のコースのはじまりです。蒼天という日本酒を注文。これはこのレストランのために特別に仕立てたわけではなくて、偶然、名前が一緒だったというものだそうです。東京の地酒であり、甘みが効いていて、りんごのような爽やかな後味へと抜けていきます。
板前さんは良くも悪くも多くを語らないタイプの人でした。
数点の料理に続いて握りを。店の中はとにかく静かでした。ちょっと寂しい気もしましたが、こうしてふたり、ゆっくりと食事ができることのありがたさを感じながら、ゆったりと時間は流れていきました。
蒼天での食事を終えると、言わずと知れたプリンスギャラリーのバー・ラウンジ。対照的にとても賑わっていました。なんとなくこっちの方が「赤坂プリンス」以来の伝統的な雰囲気のような気がします。海底のようなアンビエントライト。そして東京の夜景はその背後からギラリとした光をこちらに投げかけてきます。明るくてポップな雰囲気の客室や先ほどのレストランとのギャップに驚かされます。ほっと落ち着く雰囲気とこういうクールで都会的な雰囲気。この両面性がこのホテルの面白さと言えましょう。
夜の雨にむせぶ冬の東京の夜…ここでふたりでカクテルを飲んでみたい欲も起こりましたが、今夜はこのまま熱いシャワーと柔らかなベッドが待っている客室に戻ってしまいます。この夢のようなぎらりとしたバーラウンジの延長線上に、あのビタミンカラーの落ち着いた部屋があるというのは、なんとも良いものですね。
うっとりとした気分で眠りについて、目が覚めたら朝の8時。オアシスガーデンの朝食に向かうことにしましょう。従来こちらはブッフェ形式での朝食でしたが、2020年12月現在は、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、セットメニューでの提供となっていました。サラダやフルーツがプレートで提供されるとともに、生搾りのオレンジジュースとコーヒーを頂きます。
そしてここの朝食のスペシャリティといえる、トリュフスクランブルエッグにフォアグラエスプーマを添えたものが運ばれてきました。全体を通して、分量も多すぎ少なすぎずちょうど良いと感じました。
朝食のあとは部屋に戻ってゆったりと過ごしていました。ちょっとだけ紀尾井町周辺を散策したりもしましたが、あっという間に時間が過ぎていって、気づいたら夕方。チェックアウトの時間です。コンパクトな椅子が並べられた暖色系のインテリアのロビーラウンジには、キャンドルを周囲に配した煌びやかなクリスマスツリーが静かに、しかし暖かな光を輝やかせていました。綺麗だね…そんな言葉をかけあいながら、過ぎていく時間の早さに少しだけ切ない気持ちを覚えていました。
今回の滞在は当初の予想以上に、静かで落ち着いた滞在になりました。それは世相のせいなのか、あるいはこの場所がそういう場所だからなのか…それは分かりませんが、たしかなことは、ここがとても素晴らしいホテルであって、ここで過ごせた時間を後から振り返るとき、かけがえのない思い出として蘇ってくるだろうということです。
そろそろここをあとにしましょう。またいつか訪ねる日まで…。