ホテルニューオータニ エグゼクティブハウス禅宿泊記・革新的な老舗日系ホテルの特別な空間で食道楽を

日系老舗ホテルの魅力はそうそう語り尽くすことができません。それはホテル自体の歴史や個人的な思い入れのせいもあるのですが、ハード面でもソフト面でも、外資系のホテルとは一線を画す素晴らしさに彩られているためなのです。特に「御三家」と言われる、帝国ホテル、ホテルオークラ、そして今回取り上げるホテルニューオータニはその最たるものと言えましょう。帝国ホテルは明治時代に創業して、その歴史の中で様々な「伝説」を創り上げてきたのに対して、オークラとニューオータニは高度経済成長期の只中に誕生するなかで、確たる地位を築き上げてきました。3つのホテルの中でもっとも開業年が新しいのはニューオータニですが、そのせいなのか、全体に新しいものを貪欲に取り入れようとする傾向が強いような気がします。

しかし逆説的で面白いのは、ホテルニューオータニは1964年に竣工した当時の建物をそのまま残しており、他の御三家である帝国ホテル(1970年)やホテルオークラ(2019年)と比べても、最も開業当時からの雰囲気や昭和のグランドホテルの名残を強く今に伝える場所になっていることでしょう。新しいものを貪欲に取り入れながら、古き良きホテルの風格をいまに伝えるホテルニューオータニ。今回はそのなかでも、このホテルの中のもうひとつのホテルとして、2007年のリノベーションと同時に登場したエグゼクティブハウス禅に滞在してきました。

フォーブス・トラベルガイドで東京でも5件しかない5つ星評価を受けた「禅」について、世界観と「食」に焦点を当てて、リポートしてまいりましょう。

ホテルニューオータニ東京には大きく分けて3つのカテゴリーがあります。ガーデンタワー、ザ・メイン、そしてエグゼクティブハウス禅です。今回滞在する「禅」は、ザ・メインの中階に位置する87室の限られたカテゴリーとなっており、独立したラウンジでのサービスやインテリアにこだわった客室などをその特徴としています。

今回も自家用車にてチェックイン。バレーパーキングはないのですが、昔ながらの車寄せで荷物を下ろしたら、これまた古めかしい地下駐車場の「禅」専用駐車スペースに車を停めます。いまはほとんど体験することが難しくなった、60年代のホテル建築に特有の少し甘みのあるスモーキーな匂い(これはホテルオークラの旧本館でも感じることができた)をききながら、天井が低くて、ややメタリックな雰囲気のある地下アーケードを抜けていきます。

エレベーターで11階まで上がると、すでにスタッフは我々の名前を覚えていて、あたたかく出迎えてくれました。ちょうどチェックアウトの時間帯と重なっていたこともあり、やや混雑していましたが、ストレスは感じませんでした。

チェックインの手続きを終えたら、迎賓館や新宿の高層ビル群を眺めるラウンジ席にゆったりと腰かけて、さっそく何か頂くことにしましょう。私が楽しみにしていたもののひとつが、ピエール・エルメ・パリの「クロワッサン・イスパハン」です。言わずと知れたスイーツの名店を代表する「イスパハン」ですが、こちらはさくっと香ばしいクロワッサンの中に、フランボワーズ・ライチ・ローズの気品ある香りと柔らかな甘さが溶け合う逸品。

ちなみにピエール・エルメ氏とニューオータニとの関係は深く、もともとフォションやラデュレといった有名店で優れた実力を発揮してきた彼が、世界ではじめて自分の店を開いたのがここホテルニューオータニでした。それはもう20年以上も前の1998年のことで、パリでの開店(2001年)よりも早く、マカロンが日本でブームとなった2004年よりも早い。その後世界的に有名なパティシエとして名をあげるようになったことは周知の事実でしょう。こうしたところにホテルニューオータニの進取の気性の一端を見ることができるように思います。

幼少期からよくここのアーケードや庭園に連れてきてもらって、特別なホテルのひとつなんだけど、泊まったことは数えるほどしかないんだよね…特別で、どこか身近だからこそ、逆になかなか泊まりに来ないのかも…?

そんな話をパートナーとしながら、まだしばし、甘い時間は続きます。

和菓子やマカロン、そしてコンパクトに切られたオペラや「スーパーショートケーキ」シリーズといったパティスリーSATSUKIの品々。もともと私はショートケーキはさほど好きではなかったのですが、以前にここのものを食べてからというもの、その感覚が変わった気がします。ストロベリーにしても、メロンにしても、とにかくまずフルーツの甘みが強く、それを引き立てるクリームやスポンジはふわりと軽やか。そのバランスがとにかく素晴らしいのです。

紅茶はダージリンやアッサムではなくて、ここはあえてアールグレイをストレートで。ペリエにライムを絞って爽やかにリフレッシュしたら、いよいよ部屋に向かうことにしましょう。

ぴしっと慇懃な男性スタッフのエスコートで客室へ。横に長い部屋はふたつの大きなフルハイトウインドウのおかげで、とても明るく開放的。石や竹や和紙といった日本古来の素材を随所に用いていて、墨色や金色がどこか古い寺社のような落ち着きを感じさせるインテリアですね。同じラグジュアリーホテルでも、外資系のような華やかさとも異なるし、またいわゆる「和モダン」とも違う独特の雰囲気があります。

枯山水の写真がさりげなく飾られているバスルームはシンプルだけれど使いやすい設計。円形のミラーも大きくて見やすいし、レインシャワーの水圧もとても心地よく感じられるようにうまく調整されているようでした。

バスアメニティはフェラガモの「タスカンソウル」が用意されています。最初にスパイシーな甘さを感じさせられますが、そのあとは都会的で上品な落ち着いた香調へと整っていきます。洗い上がりの質感も素晴らしく、アメニティのセンスの高さを感じさせられます。また同じくタオルやバスローブもとてもふわふわと心地よい素材が用いられているほか、炭石鹸の沈み込むような優雅な香りとしっとりした洗い上がりも特筆すべきと言えましょう。

そうこうしているうちに日も暮れてきました。暗くなってくるとより落ち着いた雰囲気の増す客室の雰囲気。大きな窓から見渡すと、数日前に滞在していたプリンスギャラリー東京紀尾井町やビルの下のイルミネーションが見えました。今もひと昔前も、そびえ立つ高層ビルということには変わりませんが、時代は進みました。そろそろ再びラウンジに行くことにしましょう。

シャンパンで乾杯!オリーブやフィンガーサンドイッチを頂きつつ、墨絵のような雰囲気のラウンジの夜で語らいのときを過ごします。もうすっかり日は落ちて、少し遠くに見える新宿副都心の高層ビルが、冬の関東の澄んだ空に光を投げていました。今宵はまだまだ食べられそうです…しかし少しだけ休憩をしましょう。

ホテルニューオータニの特徴のひとつには、滝の流れる立体的な日本庭園を擁することと言えるでしょう。ザ・メインから少しだけ赤坂方面にあるガーデンラウンジの狭い通路から階段を降りると、この日本庭園に出ることができるようになっています。庭園の中には、ガーデンレストランとして複数の鉄板焼きのお店や「なだ万」本店などがあり、その広さがうかがえます。

ところどころにイルミネーションが施されており、滝の下から見上げると、メタリックなモダニズム建築のザ・メインの建物と対照的に浮かび上がる様々な庭木や岩などが綺麗でした。ひんやりとした12月の風に水音が聞こえますが、ここにいると、我々が都心にいることを忘れてしまいそうになります。

SATSUKIに行こうか、あるいはどこかで和食とか中華でも食べようか…?ラウンジでも軽食は食べましたが、やはり料理の美味しいホテルに泊まっているからには、もっと様々なものを味わってみたいものです。このホテルはまさにグランドホテルというにふさわしいほど、あたかもひとつの街のように、様々な施設やレストランが入っているのです。

本当はリブルームでヴォルケーノステーキを食べたかったのですが、営業再開はまだ数日後でした。フランス料理のトゥールダルジャンもいつかは行ってみたいのですが、ここはまたもっと特別な機会に。結局出した結論は、部屋でルームサービスにて、食べたいものを食べるということにしました。

我々がオーダーしたのは「SATSUKI」のブラックオムハヤシ、そして「寿司久兵衛」のおまかせ握り。ココットで蒸した野菜もつけてもらいました。もちろんカウンターで頂くのとはわけが違いますが、それでも素材の良さがはっきりとわかる寿司のひとつひとつ。それから牛肉の旨味とごぼうのしゃきっとした食感が生きるハヤシライスをふわふわのオムライスにかけて…普段我々は客室であまりテレビを見ないのですが、このときは、なんとはなしにテレビをつけて、じつにリラックスしながら食事を楽しみました。こういうおおらかな雰囲気もまた日系ホテルの良さ。そんな気もします。

まだ食べ続けるのかと思われる方もあるかもしれませんが、もう少し甘いものを頂きたくなって、夜のラウンジへ。夜は21時を回っていましたが、それなりに多くの人がお酒を飲みながら寛いでいました。あたたかいハーブティと一緒にSATSUKIのマカロン、そしてピエール・エルメのクッキーとショコラボンボン。もしピエール・エルメが大好きならば、このブランドの初号店の置かれた地であるここでその味わいにどっぷり浸ってみるのもいいかもしれません。

ちなみに同じくフランスに関連して、パリで長い歴史をもつ名店であるトゥールダルジャンの世界で唯一の支店が置かれているのも、ここニューオータニです。同じ御三家の帝国ホテルとホテルオークラには、それぞれ日本で独自に発展したフランス料理の名店があります。村上信夫と小野正吉という2人の名シェフをかつて抱えていた両方のホテルは、それぞれ、レ・セゾンとヌーヴェル・エポックとして現代的な要素を取り入れたフランス料理店を擁するようになりました。それは日本的フランス料理の歴史のひとつの極致と言えるものかもしれません。他方で、ニューオータニは、敢えてそのような独自のフランス料理を産み育てようとするのではなくて、むしろ「取り入れる」ことに活路を見出したように思えます。

御三家の中でも、両者に比べて、ここがやや毛色が異なるように思えるのはそうした点にも言えるかもしれません。もちろんどちらもそれぞれの素晴らしい魅力があります。トゥールダルジャンは敢えて伝統的な店の雰囲気とメニューにこだわっているように見えます。個人的に、ここは、御三家のなかでもっとも先進的でありながら、ある意味で、もっともクラシカルな雰囲気を持っているように思うのです。

部屋に戻ってきました。フラワーガーデンの香りのバスミルクを注いだお風呂に入り、タスカンソウルの上質な匂いにつつまれるレインシャワーの時間を過ごして、冷たいミネラルウォーターを飲みます。

紀尾井町の暖色のイルミネーション、そして遠くに赤坂の絢爛な光。

いまや珍しくなったぐるりと回転するレストランを最上階に戴くもうすぐ築60年になるホテルのビル。当時としては画期的かつ合理的な工法によって建造されたザ・メインは、地震大国の日本における高層ビルのパイオニアと言えるものでした。このホテルの成功に続いて、1970年代以降、東京にも摩天楼が登場するようになったのです。時は現在。周囲にもっと高いビルが完成しようとも、ザ・メインは堂々たる風格をもって、この地に君臨しているような気がしました。

柔らかくて寝心地のよいベッドにちょうど良い高さの枕。心地よい眠りから覚めたらラウンジで朝食を。フレッシュジュースに大きなピエール・エルメのクロワッサン。そしてここに薬膳粥やエッグスラットといった名物料理が様々に並びます。

香ばしさと程よい塩気にほのかな甘みの余韻をもつクロワッサンに、エシレバターを塗って食べるとき、朝の光に照らされる迎賓館の森が見渡せました。昼から夜にかけて賑やかなホテルの正面玄関付近も眼下に見下ろせますが、ここもまだ静か。ゆったりとした朝の時間です。

美味しい朝食を優雅な空間で頂きましたが、せっかくなので、最もニューオータニらしい場所でコーヒーを飲みたくなって、ガーデンラウンジまで降りてきてしまいました。いまや珍しい昭和レトロを色濃く残したインテリアの向こうには、大きな窓から日本庭園を流れる滝が見えます。

ここは昼になるとブッフェを開催していて、特に私はだし巻き卵のサンドイッチやラムレーズンのアイスクリームなどが大好物です。これもまたとても魅力的なのですが、その話についてはまたいずれ。

木々や池を泳ぐ錦鯉を眺めるコーヒータイム。東京には雅叙園や椿山荘といった日本庭園を持つ名門ホテルがありますし、京都でも例えばフォーシーズンズなどがそうなのですが、私はニューオータニの庭園が最も好きです。鑑識眼があるわけではないのですが、直感的に、とても穏やかで優しげな雰囲気を感じるのです。

ガーデンラウンジでゆったりコーヒーを飲んでいたら、また少し外を散歩したくなってしまいました。明るい朝の日差しに照らされる晩秋の庭園は、紅葉も綺麗だし、なにしろ、淡青の青空をいただいて、まばゆいまでに爽やかでした。我々は手を取り合って池のほとりを散歩しながら、時のうつろいを感じていました。次に我々がここに立つとき、季節の風はどのような匂いを運んでくるのでしょうか。

気づけば昨日の昼頃からずっと今日の夕方までこのホテルにいました。ちょっとだけ神宮外苑あたりを走ったりはしましたが、基本的には、食べては休んで、とてもゆっくりとエグゼクティブハウス禅で過ごすことができました。

チェックアウトを済ませてから、もう一度だけ、クロワッサン・イスパハンを。チェックインしたときと同じ、軽やかな食感と上品なバラの香りに甘いライチとフランボワーズの広がり。少し苦いブラックコーヒーと合わせて頂きます。ベテランも若い人もスタッフはみなとても礼儀正しく、それでいて、いつもやわらかな笑顔を忘れない。誠心誠意という、やもすれば、無機質な標語になってしまいそうな言葉をこのひとたちは本質的に体現している…いってらっしゃいませ、と送り出してくれたスタッフに対してそういう思いを改めて抱いたのでした。

幼少のころからの思い入れの深いホテルにまたパートナーと訪れることができたことも嬉しかったのです。漫然とした時間を一緒に過ごしてくれたことに感謝しています。しかしまだこのホテルの魅力は十分に堪能しきれていない感覚も残っています。トゥールダルジャンも、リブルームも、久兵衛も、なだ万も、トレーダ・ヴィックスも、大観苑も…まだ行っていない魅力的なレストランがたくさんあります。それにガーデンタワーのユニークなモダン客室もまだだし、新江戸デラックスや数ある個性的なスイートルームもまだ泊まっていない…夏のガーデンプールも楽しそうだし、季節のよいときにスポーツプログラムも体験してみたい。

考えれば考えるほど、楽しいホテルの過ごし方を思いつく…グランドホテルかくあるべし。その懐の広さと汲み尽くせぬ魅力を発見するためにまたここを訪れたいと思います。

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