JWマリオットホテル奈良宿泊記・軽やかなラグジュアリー、鹿と夕暮れの公園と

そもそも奈良に行こうと思ったのは行き当たりばったりに過ぎなかったのです。京都のパークハイアットに泊まることだけは早いうちから決まっていて、もう一泊どこか近いところに泊まりたいという話をしているうちに、せっかくだから少し足を伸ばして、奈良まで行ってみようということになったのでした。奈良にいけば、新しくできた話題のホテル「ふふ」や「JWマリオット」があるし、そうでなくても、近畿のクラシックホテルを代表する奈良ホテルもあるし、ハイアット+SLHの仲間入りを果たした都大路ホテルもある…数多くある選択肢の中から、我々が選んだのは、JWマリオット奈良でした。

観光の中心部である奈良公園や西ノ京といったエリアからは離れているのですが、奈良県内初の外資系ラグジュアリーホテルがどのような打ち出され方をしているのか、その世界観を含めて気になっていたのでした。また開業直後にTwitterなどを通じて、その様子がクローズアップされていたこともあり、そこに自分たちで実際に足を運んでみたいという思いもありました。今回はこのホテルでの滞在についてリポートしてまいります。

奈良公園を歩きながら

今回も新幹線で東京を出発します。静岡を過ぎるあたりまでは色々とパートナーと話をしていたのですが、段々と、寝たり、音楽を聞いたり思いのままに過ごすようになりました。列車は順調に飛ばして京都駅へ。ここで乗り換えるのも久々のことです。

近鉄奈良駅は新幹線の改札口を出てすぐのところにあり、自動改札機の向こう側にスズメバチのような顔が見えました。京都から奈良に行くときにぜひ乗りたかった近鉄ビスタカー。二階席がついた特急電車というのはそれだけで興奮するものですが、今回はその二階席を事前予約しておいたら、なんと他に誰もお客さんが乗ってこなかったのです。

奈良までの道すがら、その二階席に席を取ってお菓子を食べながら、右手に東寺の五重塔をみたり、穏やかな山の稜線をみたりするうちに大和西大寺。この駅を出ると一気に平城宮の跡地を抜けていきますが、市街地の真ん中に広い空き地があり、ところどころに復元された古代の門がある光景はいつみても感動します。

新大宮駅を通過するあたりで今日の宿泊先であるJWマリオットが見えましたが、まずは近鉄奈良を目指します。普段、観光地らしい観光地をさほどみない我々ですが、今日は定番の観光地、奈良公園の空気を心ゆくまで吸い込みたいと思ったのでした。

東大寺から春日大社へ。鹿と戯れたり、紅葉を眺めたりしながら歩きます。11月の奈良公園に吹く風は涼しくて、陽だまりがあたたかい。少し歩き疲れたくらいのところで、公園の南の方に位置する奈良ホテルにたどり着きました。ここのティーラウンジにはぜひ立ち寄りたかったのです。

今日はGoToキャンペーンの影響か、チェックインするゲストでロビーは混雑していました。写真を撮る人やスタッフに色々と案内してもらっている人…その大半はやや年配の人たちで、我々はなんとなく浮いているような気がしました。

ひとりで大阪に滞在していたとき、何度かちょっとした気分転換に、近鉄電車で生駒山を超えて、このホテルにアイスクリームを食べに来たことを思い出していました。あのときは本を旅の共にしていましたが、今日は前に私が座った席にパートナーが座って、ロイヤルミルクティーを飲んでいます。

ティータイムを終えたら空はほんのり橙色になっていました。ホテルの坂を降りて、ならまちを抜けて猿沢池へ。修学旅行なのか社会科見学なのか中高生が集まって歩いている様子が見えました。

高校のころにいじめられていた私は、ときどき鉄道に乗って、現実逃避の旅行に出かけたものでした。近鉄特急で伊賀の山を超えて奈良にたどり着いたこともありました。そのときに猿沢池のほとりに来て、今日見たような高校生たちの中にカップルがいることを見つけて、我が身との違いに雑駁とした切なさを覚えたものでした。そして密かに心の中で、いつか、遠い未来に誰かとこの池のほとりを歩ける日が来るのだろうか、と問いかけました。

興福寺を遠景にした池の写真をはしゃぎながら撮るパートナーの背中を眺めていました。高校生だった頃の私がいまの自分の姿を見たら、果たしてどんなことを思うのでしょうか。

彼女の手を取って、そろそろ行こうか…

私の声に頷いて、一緒に歩き出した彼女の手はとてもあたたかく感じました。

JWマリオットホテル奈良に滞在する

真っ暗になった平城宮の跡地を抜けて、大和西大寺の駅。ここでレンタカーを借りて、ホテルまで向かいます。

奈良市役所の向かい側にあるホテルのエントランスに車を着けると、スタッフが寄ってきました。

要領を得ない新人のスタッフが無愛想に荷物を下ろして、車はどうしますか?と言われて、戸惑いました。どうやらバレーパーキングもあるようなのですが、この日は18時を過ぎた時点では、もう車を動かせるスタッフがいなかったようで、自力で駐車場に停めなければならなかったのです。年配のスタッフが後から説明をしてくれて、ようやく事情が分かりました。

チェックイン自体はスムースに終わりました。さほど広くないロビーラウンジエリアの奥には奈良らしく鹿のモティーフ。華美というよりは、全体に軽やかで落ち着いた雰囲気のあるホテルだなと思いました。

奈良ではクリスマスにトナカイではなく鹿がそりを引くのでしょう。今年流行りのややゆるやかなシルエットの真っ赤なサンタスーツがルーズな印象を与えるコーディネート。精悍な印象を与える立派な角をどこか優しく見せる効果。ファッションセンスの高い鹿ですね。

スタッフのエスコートで客室へ。ホテル全体に通底する軽やかで落ち着いたインテリアコード。金色の鹿の角のモティーフが壁に備わっている以外は、極めてシンプルな部屋です。ハイアットの低めのベッドに慣れた私からすると、このホテルのベッドはかなり高いものです。しかし寝心地はふんわりとして心地よい。窓側に置かれたデイベッドも含めて、全体的に、とても快適に過ごせる作りになっていると思われます。

入り口からみて、部屋の手前側にはウェットエリア。角に接するように斜めになったベイシンの配置が面白いですね。入り口とベッド側の2箇所にドアがあり、回遊性を持たせてあります。また左手にクローゼットがあり、収容力も十分。

トイレとバスルームは独立式となっていて、このあたりは最近の高級ホテルの標準的なもの。もちろんレインシャワーも備え付けられています。ストーン調の壁と木製の椅子があり、日本的なものを感じさせます。客室全体もそうですが、華美なラグジュアリーという雰囲気はありませんが、とても快適に過ごせるようになっていると思いました。

バスアメニティはアロマセラピー・アソシエイツ(AROMATHERAPY ASSOCIATES)が用意されていました。使用感は悪くなく、香りはラベンダーとイランイランを主体としたやや甘くリラックスできるもの。少しオリエンタルな雰囲気が強調されるのは、ここ奈良の地がシルクロードの終点であったことに因むものでしょうか。

ベッドサイドには鹿の彫刻が置いてありました。かわいらしいこのホテルのシンボル。ほっと一息つけるようなものです。ホテル全体を通して言えることですが、コンパクトながらほっと落ち着く雰囲気のある居心地の良さがあります。華やかなラグジュアリーホテルもいいけれど、こういう空間がやっぱり嬉しいと思うものです。

シルクロードダイニングでの夕食と朝食

このホテルのオールデイダイニングはロビーラウンジに隣接するシルクロードダイニング。ラグジュアリーホテルにありがちなムードの高い雰囲気とはやや異なり、グレージュや金色をあしらった明るい雰囲気の空間が魅力のレストランです。食事も和洋折衷を取り揃えたメニュー内容となっていて、特に奈良の食材やこの地をテーマにしたような料理が取り揃えられています。

シルクロードの終点、奈良。古代のこの街はどんな姿だったのでしょうか。そんな思索をめぐらしたかどうかはともかくとして、今夜は少し軽いディナーを頂きながら、談笑したい。注文したのは「奈良バーガー」です。こんがりと焼かれたバンズの香ばしさもそうですが、ジューシーなパティは絶妙な塩加減であり、柿ジャムの柔らかい甘みがアクセントになっています。

木の実や醤油が混ぜられたバターと共に出されるパンは、もっちりとしていて美味しい。スタッフもよく気が利いて、とても丁寧な印象でした。ホテルにはあまり人がたくさんいなかったように思ったのですが、このレストランはそれなりに人が多くいて、賑やかな雰囲気でした。

ちなみにこのホテルの朝食はブッフェ形式となっていて、卵料理などが個別にオーダーできるようになっていました(2020年11月現在)。私が注文したのはポーチドエッグ。ローズマリーポテトやハーブソーセージと一緒に、エスプーマ仕立てになったとろりとした卵を頂きます。内容は全体的に標準的ですが、必要十分なものとなっていました。

夜のドライブ、そしてチェックアウト

シルクロードダイニングでの夕食を終えたら、車を奈良公園方面まで走らせます。ディナーを終えると部屋でゆっくりすることが多い我々ですが、今日は少しだけ外を歩いてみたくなったのでした。

昼間の賑わいが嘘のように静かになった東大寺の近くの道を進むと、若草山に登るドライブウェイに辿り着きました。ライトをハイビームにしてようやく外の様子がわかるほどの暗さ。慣れない車での真っ暗な山道の走行は、独特のスリルがあります。

山頂付近の駐車場にたどり着くと、車がそれなりに停まっていました。たいして長い距離を走ったわけではないけれど、人の気配に妙に安心感を覚えました。少しの坂を登っていくと、景色が開けるところに至ります。高層建築がほとんどない奈良盆地の夜景は、東京のような大都市の夜景とは異なる魅力があります。ひとつひとつの光の粒が小さくて、そのひとつひとつに人の息吹を感じられる。それは暗い人気のない山道を抜けてきたから余計に感じられることなのかもしれません。

しばらく景色をみたらホテルに戻ります。部屋に戻ったらゆっくりして、お風呂に入って、そのまま寝てしまいましょう。

少しゆっくり目が覚めて、身支度を整えてから、シルクロードダイニングの朝食。それからほどなくしてこのホテルをあとにしました。今日は桜井とか宇陀といった地域を走りながら、紅色に染まる長谷寺の回廊を見にいくことにします。

ホテルのロビーラウンジにはツリーやお菓子の家が置かれていて、すっかりクリスマス前のムード。華美すぎない飾り付けがこの軽やかなラグジュアリーホテルらしいところだと思いました。これからこのホテルにはどんなゲストのどんな思い出が乗せられていくのでしょうか。高校生の頃の切ない記憶と、新しく紡がれた淡い幸せを抱えながら、私はこの新しいホテルに泊まることができました。再びここに足を運ぶ時にはどんな表情を浮かべながらチェックインするのだろう。そんなことを思い浮かべながら、明るい表情の年配スタッフ2人に見送られながら、車を奈良の南部へと走らせました。

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