エディション虎ノ門宿泊記2021・ブラックティーの香りに誘われて

些細なことですれ違った…いや、そのときは全然些細とは思わないのだけれど、すれ違いって、後から振り返ってみたら、お互いの些細な誤解に基づいているものも多いかもしれないとも思うのです…その翌日のこと。私たちはまたいつも通りホテルに泊まりに来ていました。今日は、ライフスタイルホテル、東京エディション虎ノ門に泊まりましょう。

都内にあるホテルのロビーで夏を感じることができるような場所はどこか?という問いをホテルジャンキーに投げかけることは、数時間の語りを逃れることができないような危険がありますが、それをあえて投げかけてみたら、この場所が自ずと挙がってくるのではないかと思う場所があります。少なくとも、今の自分だったらこの場所がまず頭に浮かびます。

車で行くなら神谷町の入り組んだ一方通行の道を抜けて、東京ワールドゲートの地下のバレーパーキングに預けましょう。恭しくもどこか軽妙なスタッフにチェックインを伝えると、奥のエレベーターホールに促されます。巨大な鏡が置かれたシンプルな場所。そこで鮮烈に香ってくるのは、化粧品のようなケミカルさのあるブラックティーの香り。この香りがブラックティーの香りだと気づいたのは、もうしばらく経って、同じ匂いのバスアメニティのラベルを見てからのことでした。

エレベーターに乗って、ロビーに降り立つと究極的にシンプルな木目の空間、そしてその奥にいきなり現れるボタニカルガーデンのような空間。このコントラストにはいつもながらに驚かされます。

最近は落ち着いたのかな?

パートナーの近況をわざわざ聞いたわけではありません。繁茂するロビーの観葉植物のことを聞いたのでした。なんだかそんな気がするね。と彼女はこともなげに答えました。結局スタッフに確認することもなかったのですが、もしかしたら、そう感じたのは、私の目が(ある意味で鬱陶しいほどに)この緑に包まれる独特の雰囲気に慣れてきたせいなのかもしれません。

いや、このボタニカルな雰囲気、決して嫌いではなく、むしろ落ち着きと開放感が同居していて、特に夏の日に心地よいのではないかと思うのです。

空中のボタニカルガーデンから再びシンプルな廊下を進んで客室へ。そのシンプリシティを突き詰めたような客室。以前滞在したときはテラスのついた部屋でしたが、今日はタワービューのスタンダードタイプの部屋。これがまた良いものです。我々がチェックインしたときには雲が上空を覆っていましたが、梅雨の時期のようなじっとりと重たいような感じとは少し違うように思われました。

用事を済ませてホテルに戻り、夕方でもまだ明るいね、などと話しているうちに夕食の時間となり、いよいよブルールームへ。絶妙に迷子にならない程度の繁茂具合のロビーを抜けていきます。客足は寂しくならない程度にまばら。かかっている音楽は古いジャズの名曲の現代的なアレンジ。ロイヤルブルーの椅子やメニューが現代的なのにどこかクラシカル。

さっきかき氷を食べすぎちゃったね。どちらからともなく今日の夕食は軽めでいこうという提案にも似た言葉のやりとり。ブルールームの食事のラインナップを眺めながら、アラカルトで気になるものを選んで、シェアすることにしたのでした。ケールやトマトやスイカ。それが夏らしい、と言われれば、確かにそんな気がするものを注文していました。

雲がだんだんと晴れてきたブルールームから、前に住んでたのはちょうどあの辺だよ、そんな話をしているあいだにどんどん陽が沈みます。東京タワーをこんなに近くにじっくり眺めるのも久しぶりかもしれません。唐突に去年の夏頃に東京プリンスホテルのタワービューのテラスレストランでハワイアンバーガーを食べたことを思い出しました。そして今よりもぎこちなかった我々の関係性のことも。

人には逃げ場が必要だ…諸々のことにストレスを感じたらここに戻って来よう。そう思わせてくれるような静かなバーラウンジ。緑色が人の心を和ませるのでしょうか?この白くすっきりした空間で、余計なことを考えずに、ぼんやりと外の景色を眺めていたい。流れてくるアップテンポな曲が騒さ過ぎないのもこの場所がほどよく落ち着く理由のひとつなのではないかと思わされます。やはりホテルのラウンジっていいものですね。

部屋に戻ってまだ眺める東京タワー。今日は青いドットのようなイルミネーション。今日もふたりでオリンピック中継を見ます。バスタイムはそのあとでゆっくりと。ロビーやエントランスで鮮烈に感じられたLe Laboのブラックティーの香りに包まれて。

東京タワーは見慣れた色合いに戻っていました。同じように見える東京タワーでも夏用と冬用のライトアップがあることを教えてくれたパートナー。見慣れているようでも、知らないことや気づかないことというのは往々にしてあるものです。下の道に車はほとんど通っておらず、テレビを消すと、今宵の虎ノ門は驚くほどに静かでした。そろそろ寝る時間ですね。この部屋のシンプルなベッドの寝心地もなかなか良いものでした。

雲に遮られていてもわかる夏の朝の日差しの力強さ。遮光のカーテンを閉めないで眠っていると、朝の光の中で目を覚ますことができます。その感動を抱えながら身支度を整えて、ロビー階に降りていくと、夜とはまた違った魅力のラウンジ。雲はだんだんと薄くなってきていて、いよいよ青空が見えるような気がします。開業直後に訪ねてきたときに、観葉植物に囲まれたこのソファーに座ったことを思い出します。

昔から私は夏の朝が大好きなのです。じつは東南アジアの朝も大好きなのですが、その感覚も根は同じ部分にあるのかもしれません。これからどんどん明るく暑くなっていく。人生にずっと絶望していたわけではないのだけれど、それこそ些細なことに傷ついて、その積み重ねで心が荒みそうになったことも何度もあるなか、夏の朝陽の朗らかさがまた訪れることを考えると、なんとなく元気がもらえる気がするのです。いまは明るくなる前のちょっと涼やかな時間なんだ、というある種の余裕のような感覚がなんとも好きなのです。

やはり青空が見えてきました。きっと今日も暑くなるに違いありません。でもここはエアコンのきりっと効いたブルールーム。以前滞在したときは部屋のテラスで食事したので、今日は初めてここで朝食を取ります。

驚きました。もちろんその雰囲気の明るさも好みなのですが、朝食の味も好みです。ブッフェもいいのですが、セットメニューで落ち着いて食べられるのもいいものだとよく思います。トラディショナルなホテルの格式高い雰囲気の朝食には語り尽くせぬ魅力がありますが、ライフスタイルホテルらしい、形式に囚われない朝食もやっぱり良いものです。マフィンのうえにスクランブルエッグとベーコンとアボカド、そしてハーブを香らせた胡瓜。提供されるパンやヨーグルトも美味しくて、満ち足りた気持ちでレストランをあとにします。

朝食後にしばし外出して、それからうだうだと午後を過ごしているとチェックアウトの時間がもうすぐ、というのはよくあることです。窓の外には東京タワーと背後に抜けるような青さの綺麗な夏の空が広がっていました。部屋をあとにします。きっとまたあっという間にこの夏も過ぎていくのだろう…そんなことを思いながら。

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