ステレオタイプを人との付き合いに持ち込んではいけないけれど、暮らしたことのない場所に対して勝手なイメージを妄想することも楽しいものです。それはときに間違った偏見に満ちたものであるかもしれないし、すべてを鵜呑みにしてしまうわけではないけれど、プラスのイメージならば、旅を楽しくしてくれるエッセンスにもなるのではないかと私は常々思っています。静岡に行くと、現地のお茶を飲みながら、富士山の裾野と駿河湾に漂うおおらかな空気感を想像してみて、なんだか街の雰囲気もあたたかい豊かさを感じたりする。あるいは京都を訪れると、東寺の塔や寺院を傍に眺めて、その悠久の歴史が息づく様を思い描いたりする…そういう土地柄とでもいうべき街の姿を心にもって、今日も東京から西へと向かっています。
今日の滞在先は大阪・心斎橋に今年開業したW大阪。大阪に行く用事があれば、是非ともパートナーを連れ立って、一緒にここに泊まりたいと常々思っていたホテルでした。
綺麗な青空が広がる御堂筋はむっとするような暑さ。古いビルに新しくできたアパレルの店舗からはそのブランドのフレグランスを含んだ冷たい風が吹き付けてきて、広い歩道に瞬間的な清涼感を投げかけていました。程なくして真っ黒な高層ビルとともにシルバーのボールで形作られた「W」のマーク。周囲に溶け込むようでいながら、いきなり派手な登場。
ぴかぴか、あるいはきらきら、そんなオブジェが頭上にあるな、と思いながらエントランスを入ると、たくさんの円の背後からブルーのライトが全体を照らす妖しげなアーチ。ここを抜けたらチェックイン。でもすでに甘くて官能的な香りとアップテンポな音楽にパートナーと一緒にテンションが上がります。そう、この世界観への引き込まれる感じこそがWホテルに対する私のイメージであり、ついに大阪にできたのだと思うと感慨深いものです。
ショッキングピンクの光が下から上へと伸びていく。そんな大胆な演出のエレベーターに乗って、フロントのあるフロア(ここではW階というのです) に着いたらさっそくチェックインの手続きに。再びブルーのライト、頭上には丸いミラーボールペンダントライトが。チェックインを担当してくれたスタッフの良い具合に肩の力が抜けた明るい感じがとても心地よく感じられました。
今日の部屋がまだ準備ができていないので、15分少々お待ちいただけますか?
特に急いでいたわけでもない我々はこのW階で世界観を楽しみながら、バーカウンターで喉を潤すことにしたのでした。
こういう人工的な雰囲気が実に好きです。完成予想のイメージ図を見た時よりもはるかに居心地のよい明るさと、けばけばしすぎない程度にノリのよいムードがそこにはありました。植栽にもW。そしてユニークなライトの数々に、ビビットカラーの座席が並んだラウンジ部分。行き交う人もなんだか普段ホテルで見る以上にキメてきている印象があったのはおそらく私の思い過ごしではないでしょう。
私はさほど普段からクラブに行ったりするわけではないし、おそらく文体から想像されるとおり、テンション高くて軽快さがあるタイプでもないかと思うのですが、このように明るく突き抜けた賑やかな場所で過ごすと、生き生きとした気持ちになるものです。場が持つ力とでもいうのでしょうか。
バーカウンターに座ることにしました。こういうときにパートナーが横に座っているとなんだかとても嬉しい気持ちになります。未踏のホテルに来られた感動を共有している瞬間。それはひとりの滞在では味わえない独特の感情だな、と改めて思います。
上にあるのは提灯のイメージかな?なにげなく語りかけました…本当はそのとき愛しい感情をあたためていたのですが、なぜだかノリの良い音楽に阻まれて、うまく言葉として出てこなかったのでした。彼女は涼しげな表情で椅子に座っていました。
モクテルを注文することはそのバー・ラウンジの世界観を知るための第一歩だ、というわけではないのですが、私はモクテルが好きです。明るい時間。目の前にはポップコーンの製造機。そして運ばれてきた本を模した箱と虹色のアルミグラス、そしてW大阪オリジナルのクラフトコーラ。本の中からは白い煙がふわふわとして、試験管の中には青・透明・オレンジの液体が。コルクの蓋を開けると、甘いフルーツシロップの香り。これを渋めのクラフトコーラで自分好みの配合で割って飲むのが、ここのシグネチャーモクテル。面白い仕掛けが散りばめられたこのホテルらしさを感じます。ついグラスの派手さに目がいってしまいますが、コースターがポップアートになっていて、こんなところもまた楽しい。
ほどなくしてチェックインを担当してくれたノリの良いスタッフが我々の席までやってきました。部屋の準備が整いました、とカードキーを渡しにきてくれました。キーを見て一瞬、あれ、フラミンゴ?とパートナーとふたりで目を見合わせましたが、よくよくみると、ものすごく派手なハイヒール。ショッキングピンクの配色に白抜きのWの文字がとても鮮烈なデザイン。
W階には本当に面白いデザインがしかけが施されていました。それを詳らかにすることに吝かではないのですが、あえてここでは語らないでおきましょう。それは読者諸賢の初訪問の楽しみを奪いたくない、ということもありますが、なにしろ情報が多すぎて、ここでは紹介しきれないという理由によるものです。この訪問の後日のあるときに、私が尊敬するホテルを愛する紳士が、ライフスタイルホテルの魅力はロビーラウンジにあり、と語っていたことを、ふと、いま、これを書いていて思い出しました。
今日は角部屋のスペクタキュラールーム。せっかくだから2面に開かれた窓から大阪の街並みを眺めてみたいと思って部屋を取ったのでした。フロントでも感じたことですが、部屋自体はフローリングの床面というせいもあって、思ったよりも落ち着いた雰囲気に感じられます。とはいえ、窓に面したバーカウンターのような席があったり、ポップな家具があちらこちらに配されているせいもあって、やはりここはWホテルというひとつの世界。
スペクタキュラーに違わない素晴らしい眺めはバスルームにも言えることです。大理石調の落ち着いた雰囲気はベッドルームの明るくポップな雰囲気とはやや断絶があるように思います。しかしそのメリハリがまたこの部屋の魅力と言えるかもしれません。大都市大阪を代表するメインストリート・御堂筋を行き交う車は朝でも夜でもとどまらず、なんだか都市に特有の心強い気持ちになります。
ここで冒頭で街に対するステレオタイプの話をしたことを思い出していただきたいのですが、W大阪の特徴のひとつであり、私がとても良いなと思うところのひとつが、大阪という街のイメージを濃縮したような世界観の作り込みです。もちろんそれはこのホテルのあらゆるところにみられる特徴なのですが、部屋のウォークインクローゼットの中にもそれはあります。ドット絵で大阪らしい街並みを描いたポップアート。ドット絵が大好きな私はこれを見ただけでも嬉しく高ぶった気持ちになります。
私はあるときからバスローブを着なくなりましたが、黒のおしゃれなデザインはWらしいもの。ときに今回の滞在でパートナーも私がバスローブを着なくなった理由を知ったことが分かりました。
ミラーボール越しに眺めると、改めて、とても面白い部屋。
そういえば、彼女は普段あまりiPhoneの充電器を持ち歩かないので、いつも私の充電器をふたりで共有するのですが、このときはうっかり私はiPadの充電器を間違えて持ってきてしまった(形状がそっくりなので…という言い訳をここに付しておきましょう)のでした。しかしなんと今日は彼女が充電器を偶然持ってきていたのでした。いわく、いつも借りているから、たまには持っていこうと思ったの…とのこと。示し合わせたわけでもないのに、なぜか息が合ったように持ってきたことがとても嬉しくて、ひとりで妙に感動してしまったのでした。もちろんここでホテルに頼んで充電器を貸してもらうということは敢えてしませんでした。
用事を済ませていたらもう夕方。今日はホテルでディナーを取ることに決めていました。洋食のOh.lala…も気になっていたのですが、なんだか鉄板焼きの気分となり、事前に席を予約しておきました。そもそも店の名前が「MYDO」で、メニューの名前もOMOROとかHONMA。グローバルなニュアンスの響きを帯びた当地のことばがなんとも楽しそう。店の壁には大阪のアーティスト、黒田征太郎氏による遊び心ある絵が描かれています。
おそらく鉄板焼きというと、良い素材をつかったシンプルな料理というイメージがあると思われます。ところがMYDOの場合には、そこに大阪らしさが濃厚に注入されているのです。生春巻き、ホルモン焼き、海鮮焼きそば、たこ焼き、アルゼンチンビーフ、ライスバーガー、どら焼き…その品目を聞いただけでは容易に鉄板焼きを想像することは難しいでしょう。しかし地元のソウルフードをふんだんに盛り込んだこの内容は他にはないものであり、大阪を食からも空間からも、そしてスタッフの人柄からもたくさん感じられて、大好きなレストランとなりました。なお、肝心の味については、身近な気楽さの中に洗練された上品さがあって、とても満足のいくものであったことはここで強調しておきたいところです。
ひとしきり食べ終えて、満面の笑みでデザートのどら焼きを手に持っている彼女を眺めているのはなんとも幸せなものです。W階に戻ってくると、そこには昼以上に明るくて賑やかで華やかな空間。形状も様々な面白い形のペンダントライト。アンビエントライトに照らされるドレープカーテン。ビビットカラーのソファの色とりどり。そして忘れてならないのはハイテンションの音楽。この雰囲気やはり好きです。静かな夜のホテルの魅力は語り尽くせないほどにありますが、それと同じくらい、このホテルの夜の魅力もまた語り尽くせないほどにあると思います。
夜は眠りにむかって徐々に穏やかにトーンダウンしていくものですが、この部屋は夜になってもトーンアップするような雰囲気があります。ベッドサイドのescapeボタンを押して、アンビエントライトと大阪の夜景に包まれながら異次元に逃避。光に抱かれて今夜はうまく寝付けそうにありません。夜は過ぎて行きます。夜の御堂筋は徐々に静けさに包まれてきて、ベッドの上から眺める大阪の街はぼんやり霞んで見えます。
心地よい夜の空気感のなかでカーテンを開いたまま眠ってしまっていたようです。翌朝、太陽と青空に目が覚めて、爽やかな気分で朝食。Oh.lala…へ。このホテルで最も静けさのある空間のように感じました。しかし全体にポップで可愛らしい。そういう要素もこのホテルにはあります。ブッフェ形式の朝食にアボカドの乗ったエッグベネディクト。なぜかピンクのドーナッツを必ず食べたいと思っていました。
朝食を終えたら、次の目的地の京都を目指します。
本当はこのホテルらしさ溢れるプール「WET」にも行ってみたかったし、他のレストランも体験してみたかったのですが、また次に来たときの楽しみに取っておくことにしましょう。賑やかでアップテンポなところ、濃厚に大阪なところ、どこかかわいらしさを感じさせられるところ…様々な魅力を詰め込んだワンダーランドのようなホテルでした。それは私の大阪という街に対するイメージとも重なっていて、大阪のなかに大阪がある、というような気分にさせられるホテルでありました。W大阪はまぎれもなくそこが目的地になる場所と言えましょう。かくいう私もまたあのアンビエントライトに誘われるように、子どもが遊園地の帰りにまた絶対来ようね、というような熱意でもって、パートナーにまた一緒にまた来ようとお互いに語り合っていたのでした。