2022年11月 パークハイアットシドニー宿泊記 Park Hyatt Sydney

思ったよりもずっと冷たい海風が吹いていた早朝のオークランド。今日のフライトまではまだ十分に時間があるけれど、手配してくれた車がまだ到着しないのでなんだか気持ちが落ち着きません。先進国で最も早く太陽が昇る国。空の明るさが増して、ヴァイアダクトハーバーをジョギングする人たち。当初の予定よりも15分ほど遅れて車がホテルに到着しました。到着したときに空港からホテルまで随分と時間がかかったことともあり、これからどれくらいで空港まで着けるのだろう、という思いが脳裏に浮かびますが、運転手は涼しい顔をしてフライトには十分すぎるくらいでしょうね、と私に話しかけます。市街地からのどかな郊外の風景が見えるなどと思っていたら、空港に着いてしまいました。

なんだかとても長い滞在だった。期間にしてみれば1週間もなかったはずなのに、オークランドに到着した日が随分と昔のことのように感じられました。ここに着いた時はどこか気持ちも落ち着かなくて、ゆったり周囲を眺める余裕がありませんでした。案内表示にはオーストラリアやポリネシア方面の行き先が多く表示されていて、あらためてここが南半球の世界都市であることを認識させられます。ホテルで簡単な朝食を準備して部屋に届けてもらったとはいえ、まだもう少しここで食べたい欲求が芽生えてきました…しかしなにを?

ふと目に入ったBreakfastの文字。次にこの地を訪ねるのがいつになるかわからない。そんな気持ちで空港を歩いていて、なんということはなく朝食を示すそのサインが妙に特別な気持ちにさせられたのです。なんとなくバーチャーミューズリー。この地にきてからというもの、その「なんとなく」が私を導いてくれたように思うのです。しかしこのミューズリー。絶妙に美味しくない。粉っぽさがフルーツの水分を全部吸い取って膨らんでしまい、フルーツの甘さはミューズリーの粘着性と喧嘩している。でもそれは早起きをして寝ぼけていたから味覚が鈍っていたからなのかもしれません。店員さんの自信たっぷりの笑顔がまぶしい。今回のニュージーランドの旅の最後の印象的な光景とさえ思えました。

さて、前置きが長くなりましたが、乗り継ぎの関係で日本に戻る前にシドニーにもう1泊。そこで私はせっかくなのでパークハイアットに泊まることにしたのでした。理由はもちろん色々ありますが、短期間だからこそあまり歩き回らず、この街を象徴するような場所に泊まって、濃密にシドニーを感じたい、とか。でも、やはり、理屈抜きに、そこにパークハイアットがあるから、と言ってしまった方が正直な気もしています。

シドニー空港からタクシーに乗ってホテルまで。空港に着陸したときは曇っていましたが、市街地に向かう途中で晴天になりました。インド系の陽気な運転手いわくお客さんは運が良いね。ひとりでタクシーに乗るときの常ですが、やはり今日もホテルまでずっと世間話をしてしまいました。おそらくこの人とは二度と会うことはないのだろう。なのになんでこんな個人的な話をあれこれとお互いにしているのだろう。いや、案外、二度と会うことはないからこそ、ましてや外国の言葉で、気兼ねなく、極めて個人的な話をしてしまえるのかもしれません。

坂の多い道を過ぎて、ハーバーブリッジのたもとを進むと随分と洒落た街並みが広がり、その先の方にホテルのエントランスがあります。いかにもコンテンポラリー・ラグジュアリーな趣の低層のホテルの入り口は、一晩の滞在に対する期待を高めるのに十分過ぎるほどでした。

扉を開いて思わず声を上げそうになりました。目の前にオペラハウス。シンプルで上質ないかにもハイアットらしいインテリア。独立式のバスルームにダブルシンクのベイシン。いつものように東京のホテルのアナロジーで語ろうとすれば、全体的な雰囲気はグランドハイアット、しかし流れる空気感はパークハイアット。しかしこういう類推を用意すればするほど、相違点が逆に際立ってくるものです。つまり同じように見えても、ひとつとして同じホテルはないということを改めて思います。

例えば、それは奥にある全面窓を開いてみるだけでも、明らかです。外の港を運ぶ海の空気の匂いや開放的で楽しい声が部屋の中に流れてきて、このシンプルなトーンの部屋にさまざまな色を添えます。私は今回の南半球への旅の最後にこのホテルを選んでよかったと心から思ったのでした。

それにしても本当に素晴らしい眺めです。サーキュラーキーを出発する大小さまざまな船がシドニー湾をひっきりなしに行き交っていて、おそらくずっと眺めていても飽きないと思えます。実際にバルコニーに出てみると、この個性的な景色を眺めているたくさんのカップルがいました。青い空。いつもはこんな空を見ているとどこかに出かけたくなるものですが、今日は別にどこにも行かずにここにいようと思えるような気分になります。

しかしそうは言いつつも、ミューズリー以来とくにこれといったものを食べていません。せっかくだから何か軽いものでも食べようと思い、ロビー階の「リビングルーム」へ。少し混み合っていましたが、奥の方の景色のよい席に案内してもらいました。広く大きな窓の向こうには、シドニーの象徴的な埠頭であるサーキュラーキー。帆船もあれば、巨大なクルーズ船もあります。ずっと昔からここにあると思われる堅牢な倉庫や港湾のビル。しかしその背後には鉄骨とガラスの現代的な高層ビル。おそらく多くの人がそう感じるという確信めいた思いがありますが、まるでテーマパークのような街並み。その中心にあるパークハイアットの立地の素晴らしさを1泊のうちに何度も再認識したのです。

立地やハードの良さばかりをひとしきりべた褒めしたような気がしていますが、もちろんそれを支えるホスピタリティも非常に高い水準であったことも急いで付け加えておきたいところです。さて、軽いランチのつもりでクラブハウスサンドイッチ。私はひとりでホテルで泊まるとよく食べるもののひとつ。たっぷりのフレンチフライと共に。そのままでも美味しいのですが、ここで私はバーベキューソースとマスタードをつけながら勢いよく頬張りたい気持ちに素直にしたがうことにしました。こんがり焼いたパンのさくさくした感じと野菜のしゃきしゃきした感じ。美味しい。美しい港町の景色。そしてまた美味しい。ふわりとした笑顔が印象的なスタッフにお願いして、ヴァージンモヒートを作ってもらうことにしましょう。爽やかなライムとミントがよく合います。老夫婦が隣の席に座って、その長い人生の一部を切り出した思い出話を始めた頃、スタッフに、素晴らしかった、また必ず来ますね…そういって私は席を立ちました。

外出しないと決めたのに、やはり食後に少し歩きたい。願わくばジェラートでも食べたい。幸いにしてリビングルームの横には埠頭沿いの遊歩道にそのまま降りられる出入り口があり、そこから軽い散歩に出かけることにしました。別に観光地を訪ねるわけでもない、というより、おそらく多くの人にとってシドニー観光の頂点にあると思われる場所にホテルがあるわけで、このあたりを歩くだけでも否応なくオーストラリアを代表する世界都市にいることを意識させられます。

公園を散歩する家族連れ。世界の観光客。昼夜を問わないジョギングする人たち。そして私。11月のシドニーの青空はとても心地よく、今日は暑くもなく(もちろん)寒くもない。ちょうどサーキュラーキー駅の高架線の下あたりにいくつかのジャラート屋を見つけたのでした。少し先の方にあるバスキン・ロビンスのポップな看板に惹かれながらも、その船着場の近くにあるお店で好物のミントジェラートをひとり味わいました。ニュージーランドでも感じたことですが、アイスクリームを食べている人の表情は本当に愛おしいほどに平和です。おそらく私もそんな表情をしていたことでしょう。鴎が海風を受けながら空中に漂っていました。

少し歩いてオペラハウスの入り口のあたりまで行ってホテルを眺めていました。時間に余裕があればもちろんオペラ公演をみて、そしてホテルのバーに戻るといったことをしたいと想像するのですが、今回は不可能です。そういえば最後にオペラを観に行ったのはいつのことでしょうか?たしかヘンデルのセルセ…前後してドレスデンのゼンパー・オーパーへの旅を計画していたのでした。結果的にドレスデンには行けず、そのまま未踏の地のままとなっていますが、いつかまた。

今朝まで見ていたオークランドの港よりも随分と忙しさを感じるシドニーの港。あちらもそれなりに大都市だったけれど、心地よいゆるさがありました。しかしここは別格の大都市なのだと思います。それでも夕焼けの時刻になると、なんともいえないゆるい雰囲気がシドニー湾に漂い出します。さっきまで子どもたちが遊んでいた屋上のプールも、誰もいなくなり、鴎の鳴き声が石と鉄の巨大な橋にこだましていました。今度来るときはもう少し長くここにいよう…ひそかに決意を固めました。

そうこうするうちに夜が訪れて、深い青色が空と海に。私は部屋に戻り、ルームサービスの夕食を取ることにしました。窓を開けるとサーキュラーキーの方から歓声とアップテンポな音楽。どうやらなにかイベントがあるらしい。時限的なイベントなのか、毎日やっているのかは定かではありません。でも、毎日やっていても不思議ではないほどに、この港には特別な雰囲気があります。てきぱきとスタッフが食事を運んできました。シドニースタイルのフィッシュ&チップス、サファイアコーストロックオイスター、プラウンロール。そしてヴァージン・ピニャコラーダ。海沿いなので。でも思い返してみると、東京のパークハイアットでも夏にはピークラウンジでフィッシュ&チップスとヴァージン・ピニャコラーダを堪能することも少なくないので、本質的にはそれほど関係ありません。

オイスターにはフィンガーライムで味付けがされていて、きゅっと心地よい食感の直後に広がる濃厚な海の底の味わい。甘味とも渋みともいえる銀色。ボリュームがあって当然と言わんばかりの大ぶりの白身魚を大胆にからっと揚げた魚。大きな海老ともっちりとした生地の組み合わせ…最後に圧倒的な説得力をもって酸味と甘味をもたらすモクテル。これぞ大都会の海沿いのホテル。これぞパークハイアットシドニー。誰にも気兼ねなくひとりで声なく盛り上がる夕食のひととき。深さのなかに淡い水色のキラキラとした光を投げかける都会の夜の海が遠くに見えました。まだアップテンポな音楽は止みそうにありません。そろそろお風呂に入って、ふわりとしたベッドに身を投じることにしましょう。

早朝。あえてカーテンを開けたままにしていた私の目に飛び込んできたのは、幻想のように燃える鮮やかなグラデーションの朝日と貝殻とか船の帆の組み合わせのようなオペラハウスの陰でした。言葉を失うほどに美しい朝。世界でここだけの朝。早朝のフライトでなければこの景色を眺めることなく、ただ寝ていたかもしれません。この素敵なホテルにわずかな時間しか滞在できないのは誠に残念ではありますが、短い時間だからこそ見えた良さもあります。

クラブオムレツとソーセージとベーカリーバスケット。そして朝焼けの色にも似たフレッシュオレンジジュースとコーヒーを味わってから、ホテルをチェックアウトします。車はどんどん中心市街地を離れて空港へ。そして飛行機はどんどん北半球へ。わずか24時間にも満たない滞在。それでもなお私の心を惹きつけてやまないホテルの1日。まだまだ世界にはこういうホテルがたくさんあると想像するだけでも明日を生きる力が満たされていくような気がする。大袈裟かもしれませんが、それはじつに確かなことであると思うのです。

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