贅沢のできない日の空想〜マンダリンオリエンタル東京宿泊記

ここのところ暑い日が続いていますね。

やるべきことがたくさんあるのに、やりたいことがあまりできない、という月並みな不満を、酷暑の合間の熱帯夜にこぼしながら、なんだか思考も行動力もトロトロになってしまって、もういっそこのまますべて融解してしまえと投げやりな気持ちになりそうになる日々です。あしたにゆうべに雑事があり、雑念があり、どうしようもなくなり、切羽詰まり、もう現実を忘れてどこかに逃げたくなったとき、きっと人はリゾートを目指すのでしょうね(語義をたどると、resortということばには「やむをえず頼る」という意味があるようです)。

ここのところ私はホテルの探訪もすることができず、ましてやリゾート地にもしばし足を伸ばすことはできなさそうです。そういう「贅沢のできない日」を積み重ねる今日この頃、ふいに思いだすのは、都心での優雅なひとときなのです。もうちょっと具体的に言うならば、マンダリンオリエンタル東京の一夜なのです。

たとえば、それは雲の上のそれよりも快適な、雲のイメージのようにやわらかなキングベッドに飛び込む瞬間であり、清潔感と高揚感に満ちた部屋の香りを我が身に染み込ませていくときなのです。

あるいはそれは、はるかに近く雲居にあつい夕陽がまとわりついて倦怠感を燻らせる空を、やわらかなカウチから見下ろしているときなのです。

東京には数多くの個性的なホテルがあり、もちろん最高級ホテルもその中には含まれています。

東京はコスモポリタンな要素がありながら、実際はローカリティがかなり強い都市という印象があります。最高級ホテルの中には「フォーシーズンズ丸の内東京」や「パークハイアット東京」のように、そういうローカリティから隔たれた場所もいくつもあります。しかしマンダリンオリエンタル東京からは、かなり「和」の雰囲気を強く感じさせられます。しかしそれが重たくなく、むしろコスモポリタンな雰囲気へと見事に昇華させられていると思います。このあたりの世界観はじつに見事なものです。

ホテルの空間はよく非日常だと言われます。しかしここの非日常は、東京・日本橋にある日常の限りない延長線上にあるのです。そこは日常と非日常が不思議に交錯していて、あまりにも非日常な場所だと思います。私は「やむを得ず頼る場所」を探したら、もしかしたらここにたどり着くのかもしれません。

シグネチャーでのひととき

マンダリンオリエンタル東京は数多くの魅力に彩られたホテルですが、その要素として見逃すことができないのが味わい深いレストランたちです。分子料理の「タパスモラキュラーバー」や中国茶の「センスティーコーナー」などの個性豊かなお店、また圧倒的に洗練された広東料理を楽しめる「センス」や地中海料理ブッフェの「ヴェンタリオ」など、一線を画すレストランを数多く有しています。

しかしいま私の頭の中にとどまってやまないのは、フレンチファインダイニングの「シグネチャー 」です。個性の強いマンダリンオリエンタル東京のレストランの中にあっては、比較的オーソドックスな感じもするのですが、それがあくまでも印象論だということは、実際にここに足を運んでみて、はじめて分かることだと思うものです。

ソムリエに勧めてもらったノンアルコールのシャンパンからはじめることにしましょう。私も妻もアルコールを飲まないのですが、ソムリエは料理に合わせて、適宜、ぴたりとあう「ノンアルコール」のワインを勧めてくれました。話した感じもとても穏やかかつ丁寧で暖かい対応だったことも、とても好印象で、すっかり気分が良くなってしまったことは言うまでもありません。

私はこれ以上の料理の写真を持ち合わせていません。心地よい空間で、美味しい料理を堪能していたら、うっかりその食事の感動を広く伝えることを忘れてしまうことも無理からぬことです。しかしひとつだけ。

シグネチャーのことを好きになった理由は、圧倒的に美味しい料理が次々と出てきたからということも大きいのですが、それ以上に、スタッフの方々の心温まる応対にあったと思います。それはこんなプレート一枚にも現れているのです。これは宿泊ということで特別にサプライズで用意してくださったものですが、なんだかとてもきめ細やかなサービスを受けて、心からもてなされている実感を得ることができたのでした。

行き詰まったり、切羽詰まったり、雑念を覚えたり…おそらくそれらはきっと人と人の結びつきに由来することが大半だと思うのですが、そういうものを救ってくれるのも、また人と人の間にあるさりげない心のつながりなのだと気づきます。

体験はきっと人によって色付けられて、かけがえのないものになっていく。私はまた厄介なことに対峙する毎日を過ごしていくのでしょう。そんなかけがえのない体験への逃避を胸の片隅におきながら。

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