グランドハイアット東京宿泊記 2021年11月 イルミネーションは遠目に眺めて

唐突にビル・エヴァンスのSunday at the Village Vanguardをかけようと、車のオーディオ装置を動かそうとして、ふと手を止めました。いや、なんとなく今日は違うんだ。突然ぱっと花開くようなGloria’s stepのキラキラした気分を首都高速の渋滞に乗せたくない。しかし悩んでいるうちに結局ホテルにたどり着いてしまいました。バレーパーキングのスタッフに名前を聞かれないのもなんだかほっとします。今日のご用件は?そう聞かれたら、ただ一言、今日はここに泊まります。そうしてラウンジまでエスコートされていきます。六本木。冬のこの季節になると一段と華やかさに彩られるけやき坂。グランドハイアット東京にチェックインしました。

着飾った人たちは結婚式の参加者でしょうか。美辞麗句と謙虚を表面に浮かべながら競い合うような一瞥。そのギラついた一瞬がちらほら見えるのもまたなんともこの街のグランドホテルの休日らしさ。我々はラウンジで少しお茶を。普段はキンと冷えたオレンジジュースを飲みたくなるのですが、今日はなぜか勧められたいちご大福を食べながら、あたたかいほうじ茶を淹れてもらいました。ラウンジの一角では子どもたちがなにやら懸命に取り組んでいます。お受験でしょうか、学校の課題でしょうか。私が子どもの頃だったならば、きっと勉強なんか放り出して、ホテルという場所に夢中になってしまうであろうところ、実に真面目な子どもたちだな…と感心します。いや、考えてみれば、そういう私のメンタリティは今でもあまり変わっていません。三つ子の魂百まで。苦笑しそうな私がそこにはいました。

グランドハイアットに泊まるとよく昼に六緑に行きます。高齢の男性は若い女性に、ああ、好きなだけ食べなさいと得意げ。私はここでランチするときは最もシンプルなものを取ると勝手に決めています。別にこれといった理由もないのですが、ひとりステイのときの昼食の癖がついているのかもしれません。最近のお気に入りはなんといってもばらちらし。やや甘い余韻を感じるさっぱりした白身魚や、香ばしい穴子、ウニやいくらもたくさん乗せられて味わいの広がりは想像以上。煎茶とデザートですっきりとしめて、いよいよ部屋に向かうことにしました。

それにしてもこの部屋は本当によくできています。もし東京で好きなラグジュアリーホテルのスタンダードルームをひとつ選べと言われたら私はここを挙げるでしょう。機能的で快適な設備。広すぎない。この高さから六本木ヒルズ越しに眺める東京の街並みも好き。特筆すべきところはありませんが、私がラグジュアリーホテルに求めるものが全て揃っていて、いつ滞在しても飽きがこない。東京には数多くのホテルがあるわけで、もちろんそれぞれに素晴らしい個性があります。しかしやっぱりグランドハイアット東京のこのスタンダードルームはとても気分が高まる場所であると同時にとてもリラックスできる場所でもあるのです。

夕暮れがすぐに訪れて、プルシャンブルーの空へ。かつての賑わいを取り戻したかのようなグランドクラブのカクテルタイム。今日は全体的にゲストは若い印象。お酒を飲まないんじゃなくて飲めないんです。そうして私はヴァージンモヒート。はじける泡からミントとライム。空の黒色はますます濃くなっていよいよ東京の夜へ。渋谷の電子モニターの明るさが際立ちます。アップテンポの曲が流れてくるころ、我々はラウンジをあとにします。

ロビーに降りると今年は随分と古典的な雰囲気の飾り付け。たくさんのクリスマスツリーが置かれていて、窓の外にはけやき坂のイルミネーション。なんだか光り輝く林のなかに迷い込んだような気分になってきます。思えば去年もパートナーと何度かここを散歩したものでした。またここに来ることができたのだね。言葉にすると随分と色々なものが削ぎ落とされてしまうような複雑な心性を、あえて表に出すことなく、私たちはただ六本木の街の煌めきに静かな歩みを重ねていたのでした。来年の今頃はどんな気持ちでここを通るのだろう。そもそも来年にどんな事態が待ち構えているのか。今の自分の状況を去年の今頃に想定できたかと言われれば、まったく出来なかったと言うほかありません。

イルミネーションの煌めきのなかを歩いてみると、楽しそうなカップルで溢れていました。瑞々しい笑顔の若いカップルに純朴さを感じて微笑ましい気持ちになるのは、私が次第にこの季節のけやき坂の光景を見慣れてしまったからなのでしょうか。外は寒いのに楽しそうにしている人たちを見ていると自分まで楽しい気持ちになります。メランコリーな空模様へと移ろっていく冬なのに、なぜかこの季節が好きなのはこのムードのためなのかもしれません。また寒い外を眺めながらあたたかい部屋で食べるフィオレンティーナのアイスクリームが絶品なのは言うまでもありません。チョコレートをミルクアイスとバナナにたっぷりかけて。あとは部屋でお風呂に入って眠るだけ。

目が覚めてフレンチキッチンの朝食へ。入り口もさりげなくクリスマスの装い。店内が混雑していたため1時間で出るように言われ、おそらく新人らしい生真面目そうなスタッフが笑顔も見せずきっちりと時間を計っていたのには驚きました。コーヒーをゆっくり飲む余裕もなかったので、部屋に戻って朝のせわしい東京を眺めながら一服。夢のように過ぎていったイルミネーションの夜。今日は持ち込んだ締切の迫る仕事を片付けることにしましょう。やはりこの部屋は素晴らしい。午後3時を回って、パートナーは戻ってきました。私も仕舞い。次の滞在はおそらく新年。少し早い良いお年を…こうしたグランドハイアットをあとにしました。

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