なんだか季節感のない2021年でした。春の穏やかな日の裏にはどこか気忙しい思いが介在していたし、夏に心を焦がすこともなく過ぎて、愁いの枯れた秋には例年になく寂しさが強かったし、ようやく落ち着くと見えた冬になっても時は師走の候。相変わらず海外に行くこともできず、自分の思う通りになったこともそれほど多くはない。ただ毎日をなんとなくやり過ごしてきてしまったような思いが今更ながら込み上げてきます。しかしそれでも、いやそれだからこそ余計に、人との交流のあたたかさに本当に救われた年でもありました。とりわけホテルステイを通じた交流というのは、少なくとも私にとって、余計な利害が絡まない純粋な趣味の世界であるから心の拠り所となっていたのでした。本当に皆様には改めて感謝申し上げます。
そんな私の2022年への年越しは今年もパークハイアット東京でした。
気分が高まる長い回廊も年末年始のゲストを迎え入れるために、いつも以上に忙しなく人が往来していました。対照的に首都高を走る車の数は減り、東京の冬の乾いた空気をより研ぎ澄ましているように見えました。丹沢や箱根の山の向こう側に富士山をはっきりとみることができました。バレーパーキングのスタッフのエスコートも今日はなし。久々にコンシェルジュデスクで座ってチェックインを行います。第一印象は慇懃な年配のスタッフは、実際に会話してみると想像以上にくだけた話好きの方で、ああ、この独特の感じが、ハイアットタッチ。スムーズな手続きを済ませて今日の客室へ向かいました。
今日はデラックスルーム。もう何度となく滞在した部屋ですが、じつはけっこう久しぶり。パートナーもこの部屋に滞在するのは初めてのことです。シンプルだけれど芸術的な雰囲気をもっていて、パークハイアットの底力を知るには最適な部屋。豪奢なスイートも素晴らしいけれど、スタンダードタイプの部屋にも数えきれないほどの心ときめく要素が散りばめられているのがラグジュアリーホテルの魅力のひとつだと改めて思います。ふと2021年の春にKENJIさんとはじめたClubhouseでの配信でこのホテルについて語り合ったときのことを思い出しました。
ペストリーブティックで買ったケーキで午後のティータイム。そして再び41階まで戻るとすでに2021年最後の日の光は西の空を橙色に染めていました。横からの光線が特徴的な観葉植物を照らし出すピークラウンジ。いつもはアフタヌーンティーで賑わうここも、今日は大きな機材を設置する多くのスタッフが忙しそうに行き来していました。このラウンジでは夜にはクラブのように極彩色に彩られた賑やかなカウントダウンが行われる予定。なぜかそれを横目に通り過ぎるとき、にわかに、いまが年末なのだという実感が湧いてきました。
普段このホテルであまり見ないような親族一同で泊まりにきたと思しき人たち。しばらく見なかった外国人の滞在者たち。そうした人たちが戻ってきたホテルは夕方には静かな熱気に包まれ始めていました。懐かしい感覚。当たり前だったときには少し鬱陶しくも感じていたような賑わいが、なんだか今日は嬉しいものに思えました。そして対照的な静けさがこの部屋にはありました。東京スカイツリーや丸の内方面を見渡す東の空の雲に太陽の光が反射して、複雑な桃色の層を形成していました。
夕食前にライブラリーから眺めた西の空。ほとんど沈んだ太陽の光が描くグラデーション。冬の東京の夕暮れはいつだってメランコリーで美しい。ひとときのもの想い。ちょうど今日の心模様がそうであるように、数年後になっても、その年に失われていったものと得てきたものの対比を切なく見つめるのでしょうか。ぼんやりとした明かりのなかに身を置いて、こんなことを考えてしまうのは、外の世界の変化の早さに対して、このパークハイアット東京という場所があまりにもタイムレスだからなのでしょうか。
ジランドールの横を通って…今日は梢で夕食を。ずっと食べたかったふぐのコース。験担ぎではないけれど、福の多い年を願って。年齢層が多様な年末年始の梢の店内で2時間半の食事。ふぐ刺し、唐揚げ、ふぐちり、雑炊、水菓子…終始一貫淡白な味わい。健康的な満腹感で店をあとにします。
静かな梢からは想像できないほどに41階は激しい重低音が響き渡っていました。その音に引き寄せられるように歩みを進めると、ピークラウンジはサーチライトと極彩色の明かりが縦横無尽に展開していて、もはやここがいつものあの落ち着いた空間であることを忘れさせるには十分すぎるほどでした。南側の壁にはプロジェクションマッピングでカウントダウンイベントを知らせていました。とにかく華やかでエネルギーに溢れた雰囲気。コロナ禍ですっかり消沈してしまった世界の賑やかさをふと思い出させてくれるような気がしました。私たちはここではなく、もうひとつの場所で年越しをします。部屋で着替えたら予約していたニューヨークバーに行きましょう。
51階にたどり着くと、いつもと異なるブラックのストラップレスドレスのスタッフたちが迎えてくれます。割と普段がきっちりとした雰囲気である一方で、必ずしも保守的というわけでもない。絶妙なバランス。この豊かな曖昧さこそが、このホテルをタイムレスな場所にしている理由のひとつなのかもしれません。我々がバーに着いた頃にはカウンターを中心に多くのゲストで賑わい始めていました。さまざまな言語が飛び交っていて、コロナ禍以前の雰囲気が戻っていました。世界とつながっている感覚。良い意味で日本離れしたコスモポリタンな場所に身を置く心地よさを久々に感じて、すっかり気持ちが良くなってきました。
ジャズの演奏は0時0分に向けて加熱していきます。キャビアとシャンパンは各席に行き渡り、私の手許にもノンアルコールの「ピエール」が。何度か休憩を挟んだあとの最後の長いセッション。このホテルに滞在してセロニアス・モンクとかアーマッド・ジャマルを聴くのが好きなのですが、本当にこのホテルにはジャズがよく合います。いよいよカウントダウンがはじまると、ニューヨークバーに漂う静かな熱気は最高潮に達します。椅子に座っていた我々もなんだか恍惚の気分に。お酒を飲んでいないのにこんな画期的な気持ちになるのはなぜでしょうか。あぁ…今年もいよいよ終わる。ドラムとコンガは煽り立てる。ベースは重く深く響き渡り、ピアノとギターの音はこぼれ落ちる…歌手の声はどんどん超絶的になっていく…
3・2・1・Happy New Year!!
瞬間、バーの各席では立ち上がって乾杯する人たち、ジャズに合わせて踊り出す人たち。我々も立ち上がって新年の幸運を祈りました。2022年も素晴らしいものとしたいものです。
深夜の2時くらいにあえてカーテンを全開にしたまま就寝して、薄明かりの空に目を覚ましました。2021年もそうであったように、2022年も同じ場所から初日の出を眺めることができました。今年は東向きの細長い窓の向こうの地平線から太陽の光が差し込んできて、とても神々しい。太陽が昇るときはいつだって心が洗われるものですが、この場所で年のはじめに眺める太陽は別格です。空はどんどん青さを増していき、光は直視できないほどの眩しさになりました。今年こそは…!さまざまな声なき思いが駆け抜けていきます。
ジランドールの定番のパンケーキやマンゴーに加えて、今年は梢のおせちも部屋に届けてもらうことにしました。白味噌と丸餅仕立てのお雑煮も一緒に。普段は正月であっても朝食はパンにコーヒーの私ですが、やはり伝統的に食べられているこうした料理は良いものだとしみじみ思います。
パークハイアット東京に滞在していると、どこかふらりと外に行こうという気持ちも自然となくなって、ホテルのなかでゆっくりしたい気持ちになってしまうものです。せめて少しは体を動かそうとクラブ・オン・ザ・パークのジムに行きながら、昼のひとときを過ごしました。
あっという間にチェックアウトの時間。昨日よりも少しだけ日常を感じる夕暮れがそこにはありました。毎年がそうであるように、年末に1年を振り返ると本当にさまざまなことがあったと思うものですが、年始にはまだ目の前にある道は漠然として先が見えないものですね。少しばかりの不安と少しばかりの期待を胸に今日もこのホテルをあとにします。現実の時間を生きながら、再びこのタイムレスなホテルに戻ってきたときに、少しでも幸せな思い出が多いことを密かに願いながら、まだ空いている都心の道を帰りました。
2022年も皆様にとって満ち足りた年となりますように!
本年もよろしくお願い申し上げます。