リッツカールトン沖縄宿泊記2021・雨上がりの名護湾の夕暮れはひときわ美しかった

宜野座をあとにした我々が、58号線の海岸線を通り過ぎる頃には、激しい雨が降り続いていたのでした。ゴルフ場の中を突き通る整備された坂道をのぼっていきながら、車内では、雨、止みそうにないね、と口にこそ出さないものの、ややため息混じりの表情を浮かべていたのでした。

ザ・リッツ・カールトン沖縄のエントランスに車を横付けすると、すかさず近寄ってきたバレーパーキングのスタッフに鍵を預けて、チェックイン。印象的な水盤を遠くに眺めながら、高い屋根に甘さと爽やかさのバランスのよいアロマを感じさせる香りのエントランスを超えて、右手の方の椅子に座りながら手続きを進めます。いわく言い表しがたい「ようやく一緒に来られた」という気持ち。

私も大好きなホテルであり、また彼女にとってもそうだったのでしょう。いつか一緒に来ようね、と言いながら、なんだかんだ沖縄にふたりで訪れても泊まることのないままになっていたこちらのホテル。まだ私たちが出逢う前に、お互いにこのホテルを違う人と共に訪れて、ほろ苦い思い出を残しながら、同じ椅子に腰掛けてこの水盤を見つめていたのでした。

今日は雨。それも染み渡る情感を希釈してしまいそうな強い降り方。屋外プールを楽しむわけでもなく、とにかく部屋に向かいます。

とても広くてすっきりとした雰囲気の客室。白のシーリングファンがかきまぜる空気の肌触りは、前日に泊まった宜野座でも同じだったのに、なんだか少し今日は切なく感じられます。広く開放的な眺めが素敵な高層階、といってもさほど建物自体に高さがあるわけではなく、敷地となっているゴルフ場を手前にして、遠くに名護湾を眺められるようになっているテラスがついた客室でした。

ダブルシンクのベイシンに大きな窓辺に置かれたゆったりとしたバスタブ。私はこの高級感をそこかしこに感じさせながらも軽やかさのあるインテリアの雰囲気が大好きなのです。バスアメニティのAspreyも含めてリッツ・カールトンのウェットエリアは好きです。独立式ではないけれど、それも含めてなんとなく好きです。惜しむらくは今日は眺望がほとんど期待できないということでしょうか。雨に霞む沖縄の緑がなんとなく陰鬱に思えてしまいました。

少しバルコニーにも出てみました。やろうと思っていたことがことごとくできなくなって、そしてなにをしたらいいのか思い浮かばずに途方に暮れてしまうときのあのやるせなさ。流れる雲の複雑かつ立体的な造形は、雲外蒼天ということを忘れさせるには十分なほどに思えました。私たちは特段の会話もなく、なにも生み出さない時間がさらさらと流れていきました。

スパ施設でゆっくりしようと思いましたが、いまは予約制となっていて、とりあえずどこかで時間を潰してから行こうということになりました。

雨のラウンジ。ここでトロピカルフルーツを使ったモクテルを頂くことにしました。爽やかな味わい。今日はこのラウンジもそれなりにたくさんの人で賑わっているようでした。我々もここでなにげない会話をしながら、時折、止まない雨が降り続ける外を眺めていました。時間は平等に過ぎる。とはいうもののパートナーとこうして会話をしているときの時間は、部屋で流れていく雲を眺めている時間とは違います。

さて、そろそろスパ施設にでも行こうか、と席を立ちながら、ふと、美味しそうにアフタヌーンティーを食べているゲストの姿が目に入りました。もしこのまま天気が変わらないようだったら、ここでお茶でもしながらゆっくり過ごすことにしようかな。そんなことを話し合いながら、我々はフロントから送迎のカートでスパ棟まで連れて行ってもらいました。

本当は屋内プールを利用しようとも思っていたのですが、屋外プールが利用できないせいもあってか混雑していて、結局は断念。岩盤浴やサウナの付いている温浴施設でしばらくお互いひとりでぼーっとする時間を過ごしました。

雨音を聞きながら入浴していた私。ふと、静かになったかな、と思いながらパートナーよりひと足先に外に出てみると、なんと雨は上がっていて、周囲には亜熱帯の雨後の木々の香りがふわりと漂っていました。吹いてくる風が冷たくもあたたかくもなくて、どこかじめじめしているのになぜか心地よい。やや遠くの空が明るくて、心持ちもなんとなく明るくなってくるような気がしました。

しばらく待っているとパートナーも合流。ここに来たときはどしゃぶりの雨の中を小さなモーター音を響かせるカート。帰りはふたりで木立の中の遊歩道を歩いて部屋まで戻ることにしました。スパ施設はどうだった?などと話しながら、夕凪のように穏やかな気持ちが満たされていく気がしました。

あ、海と名護の街が見える!

バルコニーに出た私はパートナーを呼び寄せて、夕暮れ前に薄くなってきた雲と雨上がりの透き通った空気を感じながら、名護湾の景色を見渡します。ちらほらとロビー階のデッキから外を眺める人たちもいました。暑いというほどではなく、じんわりとあたたかい空気。虫や蛙の鳴き声が下の方から聞こえてきました。人間のみならず、生きとし生けるものが雨の収まるのを待って、一斉に動き始めたような心地。自然との小さな一体感。

自然の豊かなところ、という言葉にさほど惹かれない私ですが、こうも美しいものなのだろうか、という感覚をあたためました。そうこうするうちに時間はもう夜の18時。そろそろ食事に行きましょう。

鉄板焼きなどもいいな、と思ったのですが、沖縄料理をあれこれと食べたいパートナーと私は、オールデイダイニングの「グスク」にてアラカルトで色々と注文することにしたのでした。島らっきょうも豆腐ようも、あるいはチャンプルーや私の大好きなリッツの沖縄そばなども…美味しい。それぞれを形容するための言葉を用意するよりも、なんだかせっかく穏やかになった天気と、気軽であたたかい地元の食を彼女とゆっくり味わいたい気持ちなのでした。

安里屋ユンタ、谷茶前、涙そうそう…著名な沖縄の曲を三線をもった女性が窓側で演奏を始めました。かなしさとあかるさが同居する、からっとした音が雨のあとの空気感をさらに引き立てるように響いていました。

ふと外を見ると、太陽が見えました。

なんと美しいのだろう…私たちは思わず食事を中断して、スタッフに断ってから、外に出て空を眺めました。ゆるやかに風は南から吹いていました。亜熱帯のはっきりした緑のグラデーションに、珊瑚の海と空のぼやけた青のグラデーション。夕日の淡い橙色がそのあいだに。

このときパートナーがどのような心模様を描いていたのか私にはわかりませんが、お互いが出逢う前に、それもほぼ同じ時期に、お互いを知らずに眺めていた水盤と沖縄の空。いま同じ空の下で眺めている。愛する人との不思議な巡り合わせ。私は感涙を禁じ得ないため、すかさず密かに天を仰いだのでした。

席に戻ってから食事を終えて、再び外に出てきました。空には紫色とも桃色ともいえるような雲。海の色もそれを反映するような色合い。ここでたしかに雲外蒼天。そして夕暮れの美しさへと移ろっていくのですね。私たちは何度も繰り返し繰り返し興奮を口にしていました。たとえ明日また雨が降るとしても、この綺麗な空を見られたことの喜びは変わらない。そしてまた雨が降るとしても、いつかまたこのような濃青と茜色の空が見えることでしょう。

部屋に戻って夜のやってくる直前。鮮烈な紅蓮から金平糖のような青色へとコントラストを描く青空。少し遠くに名護や本部の灯りも見えます。激しい色合いから穏やかな夜へと移っていきました。この夜はだいぶ熟睡できました。翌日は曇り空の朝から雨の午後に。それもまた天気。結局雨が降らないうちに周辺をドライブしてから、ホテルでゆったり過ごしていました。

我々が沖縄を去ってからほどなくして梅雨明けを迎えたようです。そして私たちが住む東京もまた鈍色の毎日の続く梅雨がいま明けたところ…天気にも陰陽があるように、私たちの暮らしにも陰陽がある。パートナーも私も色々な思い出のあるリッツ・カールトン沖縄に、美しい自然の景色と共に新しい思い出を重ねてくることができました。きっとまたこのホテルにも再訪しましょう。

いよいよ眩しく暑い夏ですね。

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