ラグジュアリーホテルの魅力についてKENJIさんと語り合う・Clubhouse配信の記録2

2021年の春先くらいのことでした。このブログの最初期からの読者であり、Twitterなどを通じて交流のあるKENJIさんからClubhouseでホテルの魅力を語り合う配信をしませんか?というお誘いを受けました。もともとKENJIさんの素晴らしい写真と紡ぎ出される物語のファンであった私は、このお誘いをとても光栄に思いました。またお互いにかなりのホテルラバーということもあり、直接お会いしたときにもマニアックな話がとめどなく続き、とても時間が足りなかったほど…ぜひやりましょう。毎回KENJIさんが選択する心地よい音楽をBGMにゆるやかに大好きなラグジュアリーホテルの魅力について語り合う、そして参加者の皆様には体験談や質問を寄せていただく…こうして私たちはClubhouseでの配信をスタートしたのでした。

ほぼ隔週で土曜日の夜にホテルの魅力を語り続けて、早いものでもう1年が経ってしまいました。前回は第10回目の配信を振り返る記事を書きましたが、今回は20回目の区切りということで内容を振り返ってみようと思います。長くなってしまうかもしれませんが(それほど毎回の配信が少なくとも私にとってはとても「濃い」ものでした」)、よろしければお付き合いください。

※本当はClubhouseに参加してくださっている皆様からも、非常に面白く、素敵な体験談をたくさん聞くことができたのですが、紙幅(というか個人的に文字起こしする力量)を超えてしまうし、その場かぎりの話の良さやプライバシーなどの諸々の観点から原則として掲載せず、基本的にKENJIさんと私の間で話したことを中心に記録しています。ご了承ください。

第11回 シャングリ・ラ東京

ゴールドに赤のイメージですよね。直球の豪華絢爛なホテル…しかしこのホテル、開業した当時、実は僕はあまりデザインが好きではなかったんですよね。そうKENJIさんは言います。我々はいつものようにClubhouseの配信の最初にお互いのホテルに対するイメージを語り合いました。

2000年代最初の10年の東京は最初の外資系ホテル建設ラッシュでした。グランドハイアットやコンラッドのようなコンテンポラリー系のホテル、あるいはマンダリンオリエンタルやペニンシュラなどアジア系のエキゾティックなラグジュアリー。先進的な技術やLEDや新建材の攻めたデザイン。それはこれまで東京にあったホテルの常識を打ち破るとともに、この都市のホテルの平均水準を大きく引き上げる契機となった時期でもあると思います。そうしたなかでKENJIさんがシャングリ・ラ東京のデザインが好きではなかった理由。それはそういう前向きな時代の潮流に逆行するようなクラシカルでオーセンティックな雰囲気、いや古典的…とにかくなぜわざわざ古めかしいものをいまあえて作るのか。そういう疑問が尽きなかったと言います。ついに東京にもシャングリ・ラが!私が嬉しくなってこのホテルをはじめて訪ねてみたときに感じたのは、なんだかマラッカとかペナンにあるプラナカン建築みたいだな、と思いました。それは確かにマンダリンオリエンタルやペニンシュラで感じたモダンな東洋と西洋の融合という形というよりは、古典的な結びつきのニュアンスを感じさせられるものだったのでした。

だからいまより若い頃に、気持ちを外向きに鼓舞させたいときや落ち込んだ時は絶対にシャングリ・ラなど視界に入らなかったんですよ。グランドハイアットだったりコンラッドだったりにどうしても足が向いてしまう…いまはどうでしょう、そう尋ねてみました。KENJIさんは笑いながら…いや、これが、そうしたイメージが音を立てて崩れて、いまは大好きなホテルなんです。辛いことや悲しいことやうまくいかないこと…そういうときには自然と足が向いてしまう場所になりました。このホテルはもう落ち着くを通り越して、すっ、、、と僕を受け入れて染み込んでなくなってしまう感覚があります。それはおそらく肌感覚で前面に出てくる「本物」がここにはあるからではないでしょうか。天然木のあたたかみ、天然石のひんやりとしたシャープな清涼感、シルク、金属、左官仕上げ、塗り、重力感のある徹底した本物へのこだわり。それは生きた有機的なもののもつ本物のエネルギーを持っていて、あの独特な威風堂々とした空気感の場所を生み出していると思うのです。

なるほど確かにこのホテルにはそういう優しい雰囲気があります。私もふと陰鬱なムードの雨の日にこのホテルのロビーラウンジでひとりでお茶を飲んでいたら、知らず知らずに癒やされていたことがあったことを思い出しました。甘い香りに誘われて豪華絢爛なエレベーターに乗りたくなります。あの「シャングリ・ラ エッセンス」というバニラ・白檀・ムスクの香り、トップノートにベルガモット、そしてアクセントのジンジャーティーの香り…

私が最初にシャングリ・ラを知ったのは20年前くらいのシンガポール。雑誌に掲載されていた南洋の植物が植えられたガーデンウイングの美しさに惹かれました。でも、そのとき、結局泊まったのはフォーシーズンズ。単純に立地の問題でした。それ以降もさまざまなシャングリ・ラのある都市を訪ねることがあったものの、なぜか他のホテルに泊まってしまって、結局縁のないままになっていたホテルだったのでした。

立地といえば、シャングリ・ラ東京は、日本を代表するターミナル駅のひとつである東京駅から雨に濡れずにいける抜群の立地。車で行っても電車で行っても便利な場所。KENJIさんはこの地下の駐車場からしてすでにこのホテルらしい豪華さの徹底が見られるといいます。そうです。車でホテルに着いてからチェックインに至るまでにその世界観に浸れるかどうかということは、ラグジュアリーホテルに泊まるときの大きなテーマであると個人的には思うのです。我々が大好きなパークハイアット東京ですが、地下駐車場については殺風景(もちろん完成した年代ということもありますが)であり、エレベーターホールの蛍光灯の色温度やリノリウム貼りの床…これでは夢の入り口から現実にいったん引き戻されてしまうとKENJIさんは指摘します。私もこれにはいたく同意します。車を走らせて、丹下健三設計のユニークな塔の入り口に続くスロープをのぼり、菱形の天井と彫刻と満点の笑顔で「おかえりなさいませ」と声をかけてくれる素敵なスタッフ…そしてホテルを出る時に、冷えたミネラルウォーターを座席に用意しておき、鍵を渡して「いってらっしゃいませ」と見送ってくれる…そうだ、そうなんだ…この価値体験、パークハイアット東京という物語のプロローグとエピローグをお金を出して買っているのですね。だいぶ話が脱線してしまいましたが、結局のところ、そのようなシャングリ・ラ東京にも、このホテルの世界観に至る入り口がしっかりと用意されているということなのです。シャングリ・ラのホテルブランドスタンダードの中に車寄せのたてつけの要求がしっかりあったのでしょうね、とKENJIさん。

私はCHIスパが好きなのですが、中国の伝統的な生命力の源と考えられている「気」の発想を取り入れたトリートメントメニューはもちろんのこと、ヒマラヤの鐘などの調度品、木の格子や石造りの空間など、とにかく世界観の作り込みがすごいのがひとつの特徴だと思います。そうしたこのホテルの本物へのこだわりは2000点ものアートにまで至ると言います。ホテルのアートツアーへの参加をKENJIさんは進めますが、特に27階から29階にわたる12メートルの吹き抜けの高さの壁のダイナミックな松が描かれたパネルアートは圧巻。にかわと石膏をかためた下地にパラジウムと金の合金でカバーして、立体的に描かれている松の木に夕陽があたるとき、美しい桃源郷の世界が現れます。

そんな桃源郷の世界でいただくメロンジュースが美味しくないはずがありません。しかもこれは季節によって味が違うとKENJIさんは言います。年間を通じて一定の甘さを保つために季節によって仕入れの産地を変えているというのです。前の夏は静岡産とカリフォルニア産のブレンド、冬は宮崎産…果肉のざらつき方やとろとろ具合がその滞在ごとに変わる。それもまた楽しみです。そしてこのホテルに泊まるならば、無理をしてでも必ずクラブラウンジアクセスを付けることを強くお勧めしていました。セントラルキッチンからの冷凍ではなく、すべての食事をホテル内で作っているというフードプレゼンテーションの質の高さは特筆すべきであるとともに、話の面白いスタッフの方…またライブキッチンでシェフが料理の最終工程を行うところも好きだとその魅力について滔々と語ってくれました。クラブラウンジではない方のラウンジでいただくアジア料理、カレーラクサやチキンライスなどが好きな私ですが、話を伺いながら今度あらためてホライゾンクラブに泊まりに行こうと密かに決めました。

2021年段階でのクラブルームの客室のアメニティは「モルトンブラウン」のジンジャーリリーは、賛否両論わかれる香りですが、私は好きです。モルトンブラウンとの出逢いについても語りたいところですが、いま、ここでは省略します。ホテルのアメニティについて語ることは、ホテル自体を語るのと同じほどに熱がこもってしまうものなのです。

古典的な(場合によっては古臭い)印象から、こだわりぬいた本物志向の優しいホテルへと印象の変わったシャングリ・ラ東京。さまざまなホテルの世界観に馴染んでみて、改めてその深い魅力に気づくことができるのかもしれません。そんなことを考えた第11回でした。

第12回 ホテルニューオータニ・エグゼクティブハウス禅

ここはひとつの街のようだ。なにしろ東京ドームと同じくらいの広さがあって、40を超えるレストランがあって、美術館があって、さまざまなお店があって、相当充実したスポーツ施設もあって…本題に入る前に語り合ったのはこのホテルのもつその大きさや歴史について、でした。私にとっては、上海料理の「大観苑」が大好きなこのホテルの重役であった大叔父の影響もあって幼い頃から親しんできた場所でもありました。いまだに昭和のホテルに特有のスモーキーな匂いの地下駐車場を抜けて、あのアーケードを抜けると楽しい気持ちになってきます。そういえば、大叔父にこっそり見せてもらったトップスイートの豪華さと広さに驚き、いつか実際に泊まれるようになるんだよ、そんなことを言われたことをふと思い出しました。

1964年と2021年、2回の東京オリンピックを経験した建物がいまなお残っている数少ないホテルのひとつであり、日本のホテルが上へ上へと伸びて高層ビルになっていくきっかけともなった伝説のホテル。これはひとつの歴史的建築物といっても過言ではないとKENJIさんは言います。詳細な建築工法の話はとても興味深いものでした。世界初のユニットバスという考え方。そして壁をパーツにわけてユニット化して吊り下げるカーテンウォール工法。とにかく早く作りたい。工事の合理化とスピード化。急ぐ!という命題が新しい技術に結びついた…こうやって建築技術が発展していったということを学べる教科書的なホテルでもあると言います。このホテルのさまざまな姿がまた見えてきます。当時は先端的なホテルだったことは、たとえば、映画なんかにもしばしばこのホテルが登場することからもうかがえます。1967年公開の『007は二度死ぬ』の舞台となり、ショーンコネリーと丹波哲郎がこのホテルで活躍。私がふと思い出したのは、山田洋次の『男はつらいよ』第1作。その中で渥美清扮する寅さんが、妹のさくらのお見合いに同席して訪ねるホテルもここでした。たかがホテルだ…と息巻いていながら、実際にホテルを目にすると、その存在感に腰を抜かす場面が妙に印象に残っています。今は回転しなくなってしまった最上階のラウンジには戦艦大和の主砲塔を回転する技術が転用されていたと言います。ああ、またあそこで食事しながら東京の街をぐるりと眺めて見たい…おそらく実現の難しい願いが心に溢れました。

ニューオータニに対して私はとても先進的な面とクラシカルな面が同居していると思います。それはいつかの宿泊記に書いた気がします。いま様々なホテルでも大人気のピエール・エルメの世界第1号店はパリでもニューヨークでもなく、ここニューオータニ。日系ホテルの中でも先駆けてクラブラウンジを取り入れたのもここです。しかし建物は昭和39年の開業から変わっていない。そのコントラストがなんとも魅力的だと思うのです。

エグゼクティブフロア禅は、そうした日系ホテルとしては先進的な場所としてあり続けてきました。ホテルインホテルというコンセプト、それ自体は、他のホテルにも見られるものです。しかし二次セキュリティーが確保されていて、いい意味での隔離された非日常を感じられる禅のエクスクルーシブ感が堪らないというKENJIさん。確かにリッツカールトンでもシャングリ・ラでもグランドハイアットにしてもエレベーターホールを降りて、さらにもう1段階セキュリティーゲートがあるというのは珍しい。その大切にされている感覚がとても日系ホテルらしくて良いのです。そしてもちろん忘れてならないのはこのラウンジの1日に6回も行われるフードプレゼンテーション。KENJIさんはシャングリ・ラと並んで東京のホテルでその食事のクオリティの高さのツートップにここを挙げたいと言います。

私はこのラウンジでイスパハンのクロワッサンとコーヒーをいただくのが好きなのですが、KENJIさんとも意見が共通したのが、シグネチャーメニューのひとつであるダブルコンソメスープ。水1ℓに対して肉が約1kgという栄養価の高さ。この贅沢なスープがしっかり用意されているのもこのラウンジの魅力と言えるでしょう。それ以外にもSATSUKIの名物メニュー、パンケーキやスーパーケーキ、リブルームのヴォルケーノステーキ、トゥールダルジャンの鴨…このホテルには好きなメニューが多すぎてとても列挙しきれません。

話題はこのラウンジの空間的な特性に及びました。KENJIさんによれば、うなぎの寝床のような細長い空間であり単調になりそうなところ、意図的に床の素材をフローリングとカーペットで切り替えたり、通過動線と座席のバランスを良くして全体のシークエンスを整えていたり、非常に良くできているということでした。確かに私も、不思議と飽きない、情報量の多い空間だな、と初めてこのラウンジに足を運んだときに思ったものでした。人間が無意識に感じている歩行の感覚にまで訴えるものがあるのですよね、とKENJI さん。カーペットを歩くときの沈み込みの深さは高級感を醸し出し、フローリングやパーケット張りからは硬さと木の持つ温かみ、タイルや石からは清潔感や清涼感を感じられる。頷きながら聞く私。そして続けて、禅ラウンジは空間のつくりがリッツ・カールトン東京の色づかいや光の演出と共通しているところがありますが、圧倒的に違う点があるといいます。それは1964年当時の階高に由来するものと言います。つまりベースになっているのは2450mmという東京でも最も低いクラブラウンジなのです。この天井の低さを逆手に取って、縁側のように外を向いて、意識も外へ…そして和風建築に見られるような低い視線の切り方が実現している、それはあたかも秘密基地のような感覚ですね。そうひとしきりKENJIさんが語り終えたとき、あの空間の楽しさと落ち着きはそうした効果的な計算に裏打ちされていたのだなと、私は再び何度も頷いていたのでした。

この配信に先立って、KENJIさんの知り合いでエグゼクティブハウス禅の元スタッフの方に独自にアンケートを取ってくれていて、その結果を語ってくれました。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。ここでは内容をそのまま掲載しましょう…

【ZENが出来たきっかけ、またどのようにプロモーションしてきたか?】
禅ができたのは2007年で、その頃はちょうど外資系ホテルが日本にどんどん参入してきた時期です。マンダリン、リッツ、ペニンシュラあたりがそれにあたります。それに対応するという意味でも、日本の良さが詰まった決して派手ではない「ホテルインホテル」というコンセプトの禅が出来上がりました。現在禅の支配人は歴代3人目でして、そう決まっているというわけではないのですが全員女性なんです。どちらかというと男社会な日経ホテルにも当時は新しい風だったのではと思います。

対外的なプロモーションの具体的な方法は実はマーケティングの部署が担っていたので禅にいた頃は直接関わってはいないのですが、一休プラチナ、アメックスプラチナ、アイプリファーなどのゲストを積極的に受け入れていた印象はあります。しかしゲストに対する細やかな接客が私たち現場ができる最大のプロモーションだったのではと思います。

【ZENが他のホテルにはない唯一無二の存在であるアピールポイントは?】
これは禅というよりもオータニのアピールポイントですが、400年の歴史がある日本庭園を散歩できることです。また、ホテルがまるで一つの街のようになんでも揃っているので、1日中いても飽きません。実は歯医者、郵便局、内科、美容室、床屋、スーパー、本屋、薬局なんかもあるんですよ。

そして1日6回のフードプレゼンテーションが体験できることが一番の目玉じゃ無いでしょうか。クラブラウンジで軽食が取れるホテルはいくつもありますが、ここまで素材に拘って回数も多いのは珍しいかと思います。

また、人として魅力のあるスタッフが多いことです。禅一丸となっての協力プレーがゲストの細かな要望まで汲み取り、引き継ぎすることができます。

【オススメの過ごし方は?】
ラウンジに入り浸ることですかね!笑
夜なんて、あのピエールエルメのクッキーやチョコを満足いくまで味わえます。
そしてスタッフに話しかけて心ゆくまでおしゃべりしてください!
どのスタッフも魅力的で面白いですよ!おすすめのカクテルなんかも聞いてみてください!

【楽しかった(嬉しかった)思い出、辛かった(悲しかった)思い出】
ある時イタリア人ゲストが歯が痛いと言い出して、近くの病院を紹介してほしい、更についてきて欲しいとの要望がありました。館内の歯医者に連れて行ったのですが、その日の担当の歯科医が日本語しか話せない方だったのです。それに私はイタリア語を話せないので困惑していましたが、そのイタリア人ゲストのご友人(英語が話せる)方が近くにいるとのことで呼び寄せてくれました。
結果的に歯科医の日本語を私が英語に訳す→ご友人が私の英語をイタリア語に訳す→ご本人に伝わるというもはや伝言ゲームで歯の治療をしたことがありました笑

【忘れられないゲスト】
福島からいらしたゲストで、ちょうどコロナが始まった初期。東京の美術館を回りたいとおっしゃっていたのですが到着してから美術館が軒並みクローズしはじめてしまっていました。どうにかしてあげたいと思い、小さな美術館を含め片っ端から電話をかけ、なんとか空いている2つの美術館を見つけ、案内しました。そこは谷根千という東京でも下町の方で風情ある場所だったので、七福神回りなど周辺で楽しめるのもの含めて案内しました。その結果、とても楽しんでいただけたご様子で、「あなたに会いにまたくるわ」と言って帰って行かれました。そのあと本当に私に会いに予約してきてくれて、「福島に来る際には絶対に声かけてね。一緒に旅行に行きましょう」とお誘いを受けています。
あんなに心優しいお客様に出会えて幸せに感じています。今でもたまにですがハガキを送りあっています。

【ゲストが絶対知らないZENの秘密や裏話など(もちろん差し支えない範囲で)】
・ゲストの小さなリクエストや趣味嗜好まで全てシステムに残しています。(例:左利き、梅干しが苦手、シャンパンには氷を入れるのがお好き、紅茶は必ずストレート…etc)そしてそれを全員で必ず共有します。
・お客様がお歳暮やお中元で美味しいものをたくさん送ってくださるのですが、スタッフが美味しくいただいています。本当にありがとうございます
・禅の裏話というか私の裏話なんですが、みんなインカムをつけてコミュニケーションをしているのですが、私はよく足を開いて立っていたのでインカムで「あし!閉じて!」と遠くから先輩に怒られていました笑 今ではきちんと足を揃えて立っていますよ!笑
・禅のラウンジでは特段ドリンクメニューを用意していません。ゲストのお好みに合わせてどんなものでも作りますので、ぜひスタッフとお話ししながらオリジナルのカクテルなんかも出てきちゃうかも??!

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こうしてみると、本当にその元スタッフの方のホスピタリティや魅力が伝わってきますね。手厚いもてなしを実現する協力プレー。もちろんその背後には語られない面倒なことや大変なこともたくさんあることでしょう。しかし同時になんだかあたたかいものを感じられます。それは私が幼い頃に大叔父に連れていってもらったときに感じていた日系ホテルらしいソリダリティを連想させるものでした。その安心感と特別感に触れたくて、私はまたこのホテルに足を運ぶのだろうと思います。

第13回 マンダリンオリエンタル東京

このホテルが東京に開業したときに新しいアジアの世界観が花開いたと感じたのでした。西洋から見た日本でもなく、日本の表現する日本でもなく、いわば、東洋から見た日本。それはシルクロードの終わりとしての日本のようなエキゾティックさの現代的な解釈であって、かっこいいデザインなのに懐かしさを感じさせるものでした。KENJIさんの指摘によれば、建築的な観点からこのホテルの寺院建築らしさに焦点を当てることもできると言います。天井をみるとわかるように、これはサブロクサイズ、すなわち3尺と6尺の板張りで、これは仏教建築の様式だと言います。教科書でも習った正倉院の校倉造りのそれとリズムを同じくする韻を踏んでいるシンメトリー。はい、まさに、その感覚です。飛鳥時代から奈良時代の流れを汲んだ日本。私はホテルオークラの本館が取り壊されて、新しい本館(現:オークラ東京)が作られるというニュースを聞いたときに、もしかしたらマンダリンオリエンタルのロビーみたいな古典の解釈が行われるのではないか?などと想像していました。結果的にオークラは旧本館の意匠をそのままに再現したものとなりましたが、それでも空間のもつ力にはどこかマンダリンオリエンタルと共通するものがあると今も思っているのです。

少しこのホテルについての思い出話に話題が及びました。私は2011年の3月11日にこのホテルでランチをしていたのでした。激しく揺れるビルのなかで「柔構造」という言葉が頭に浮かび、妙に冷静になっている自分と、現実の展開に焦る自分がいたことを思い出します。揺れがおさまって家まで大渋滞の中を車で帰ったこと、それと一緒に、スタッフがとても冷静に混乱状況に対処していたことを思い出します。それ以降もいくつかの点で私の人生のあるポイントに寄り添っていたホテルでもあるのですが、そのあたりの話はまたいずれ。KENJIさんにとってもマンダリンオリエンタルというホテルブランドには人生のあるひとつの重大な場面に寄り添った思い出があるのでした。それは1999年のハワイ。いまのカハラホテルは当時、カハラマンダリンオリエンタル。そこでウェディングフォトのアルバム写真の撮影をしたのだそうです。シルバーのかっこいい衣装を想像していたのに、諸々の調整がつかなくて、この色だけは着たくないと思っていた白のタキシードを着る羽目に…しかしハワイという場所がもつ魔力でしょうか。喜び勇んで写真撮影に応じていたのは他ならぬKENJIさんでした。EXILEみたいな光沢生地ではなくて…と語っていましたが、そのウェディングフォトにはいつもの素敵な面影を持ちながら、今よりも少し若いKENJIさんの姿が写っていたのでした。

ここは隠れ家のようなホテルですね、、一人になりたいときに来ます。そうKENJIさんは言います。なんとなくわかる気がします。そしてここは元気になるためのエネルギーをもらうのではなく、マイナスな自分を出し切るためにくる場所なのだそうです。そしてストレス発散のために、しばしばインルームダイニングの「食べまくり」をしたことがあったと言います。おそらく私もそうするでしょう。そして雲の上よりも快適な雲のようにやわらかく大きなキングベッドに飛び込んで、清潔感と高揚感に満ちながら、安らぎのひとときを過ごすのです。

このホテルにはプールがありません。それはとても残念なことですね。そうなのです。フォーシーズンズ丸の内にもないのですが、この点は物足りないと思ってしまいます。私ですらそうなのですから、プールで「ガチ泳ぎ」を公言するKENJIさんにとってはそれは大きな問題だと思うのです。しかしマンダリンスパのヒートアンドウォーターエリアにあるサウナには大きな窓があり、都心のビル群を眺めながらぼんやり頭を空っぽにできる稀有な空間。整う。その最上級の体験がここにはあります。

そうそう、このホテルにはプールはないものの、水の表現がとても素敵なホテルでもあります。バレーパーキングの空間には緩やかな弧を描いて水が滑り落ちてきているし、37階のマンダリンバーで流水の音を聞きながら巨大なガラス窓の向こうのスカイスクレイパーを展望するのも素晴らしい。ロビー階とバーを結んでいる階段は涼やかな美人の横顔をしています。金曜日の夜、ふらっとここに立ち寄ると誰かしら知り合いが飲んでいて、25時まで飲めない酒を飲んで、しゃべって、騒いで、ジャズマンと話して、また飲んで、ふらふらになって車寄せにタクシーを呼んでもらう…そんなKENJIさんの体験を聞かせてもらいました。いつかまたそんな世の中に…そう願ってやみません。

第14回 アマン東京

知らず知らずのうちに幸福感を人の心に灯すようなホテル。魔力のように(アマンマジック!)私もその魅力にすっかり捉えられてしまったのでした。Clubhouseでの配信14回目は、このホテルに新しくできたラ・パティスリーbyアマンの話題で始まりました。巨大な岩石の置かれた野趣溢れるデザインのお店はデザイナーであるケリー・ヒルのDNAをそのまま受け継いだかのような雰囲気。そして同じく大手町に出現した夏には蝉が鳴き冬には枯葉舞う森、オーテモリ。気軽にアマンの世界観を楽しむことができるので、ぜひこの新しいパティスリーでクロワッサンやデニッシュとコーヒーを買って、都心の森を楽しんでみていただきたいものです。

それにしてもまさか東京にアマンができるとは…こんな意外なことがあるのだろうか。都市とアマンという組み合わせに懐疑的な自分がいました。私が最初にアマンホテルの存在を知ったのは、20年近く前にアマンプリの写真をみたときだと思うのですが、それ以来、すっかり東南アジアなどにある格別のラグジュアリーリゾートという印象があり、ときにそれは秘境とかエスニックというキーワードと結びついていました。屋久島とか小笠原諸島にできると言われたら納得したかもしれません。しかし実際にこのホテルが開業して、あの圧倒的な空間のロビーに足を踏み入れた瞬間から、なるほど、こういう世界観なのかと、あっけなく肯定的になっている自分に気付きました。

私の中でなぜかKENJIさんといえばAMANのイメージがありました。それゆえに、このホテルに対してどういう印象を持っているのかとても気になっていたのです。

アマン東京は気持ちをリセットするホテルなんですよ。異次元な空間に身を置くことで、言ってみれば別の自分になれて、仕事も、辛いことも、いざこざも、すべて置き去りにして、流れゆく時間を素直に受け入れる感覚になれる場所ですね。

このように語るKENJIさんがしばしばアマン東京を形容する言葉が無彩色の幻想曲。それは音のない音楽がきこえるような場所。床も壁もブラックバサルト、いわゆるツヤのないマットな表情の玄武岩で出来た巨大なロビーの中央には水盤があって、その真ん中のステージには季節を彩る桜やつつじや松があって、水辺に映るファンタジア…あの巨大な空間に入るとスケール感を失います。それはどこか危うさや不安な気持ちにもつながっていきます。しかし、とKENJIさん。それは身に危険が迫るような肉体的な危うさではなくて、もっと我々日本人の心の奥底にあるもの寂しさ、寂寥感、虚無感、に近いような気がしますね。そのくらいのスケール感と存在感を良い意味で狂わせてくれるのです。

無彩色がゆえにどんな色にも染まる天空のリトリート。しかしあえてその場所に乗せるのであれば、どんな色なのだろう。我々はしばしばホテルを色に例えることがあります。アマン東京は黒ですね。お互いに見解が一致しました。そしてエントランスの人力車。その赤い椅子の残像があるとKENJIさんは言います。いつかアレに乗ってみたいですね…ちょっと恥ずかしいかもしれないけれど。そんなことを話したことが妙に記憶に残っています。

もうひとつ記憶に残っているのは、自転車の話。ラグジュアリーホテルにはそれぞれ個性的な貸し出し用の自転車が置いてあるものです。シャングリ・ラのやたら高い自転車が…という話も第11回のときに話しましたが、アマン東京には(あるとしたら)どんな自転車が相応しいのだろう。KENJIさんが考えてみたのは、あえてかっこ良い現代の自転車ではなくて、古き良き「ミヤタサイクル」とか「ブリヂストン」のといった純国産。それは昭和50年代の少年の夢の乗り物。アマン東京はいうまでもなく、とてもモダンな雰囲気を持っていますが、そういう少しノスタルジックな乗り物が妙に似合うような気がします。それはあの場所にいるときの不思議な落ち着く感覚にもつながっているのでしょうか。

落ち着く部屋。特に私が好きなのは、このホテルのバスルームなのですが、上品な檜の香りのなかでしっかり肩まで風呂に浸かって走りゆく車のランプや夜景を眺めている瞬間は格別の良さがあります。椅子も桶も伊勢神宮の補修などを手掛ける宮大工の作りとのことです。その優しい木の香りに包まれていると東京にいることを忘れてしまいます。それは地上階のアマンカフェの雰囲気にも言えることなのです。それは北海道とか軽井沢とかそういう森のなかにいるような心地の良さなのです。

またKENJIさんは冬の16時のプールが最高に素晴らしいと言います。17時くらいにはもう真っ暗になる東京の冬。そこに美しい西陽の優しい光が浅い角度でプールに差し込んできて、全体がオレンジ色のベールに包まれていく…そして乾いて澄んだ空気の向こうには霊峰富士山が見事に浮かび上がる。その美しさは人生で一度は見ておきたい眺めのひとつと言っていいでしょう。そしてもうひとつ夜に誰もいなくなったあのロビーの大空間でいろいろな席に座っていろいろなものを眺めてみるのも好きだと言います。巨大な空間で怖くなってしまいそうになるところに、静かに音楽が流れているのは不思議なあたたかさを感じると言います。なるほど、おそらく、夜のホテルのロビーには、なにかしら対話すべき相手がいるのかもしれないと私は思いました。それは目に見える存在とは限らない。しかし確かにそこにいる。そんな不思議な感覚に出会うのにアマン東京のロビーはうってつけの場所なのかもしれませんね。

どこか和風でありながら、どこかインターナショナルな場所。懐かしさと開放的な興奮を味わいに、都会の暮らしから退却するために…泊まりにいきたいですね。

第15回 ハイアットセントリック銀座東京

ここは泊まりにいった回数よりもお茶しにいった回数の方が圧倒的に多いですね。一息つける銀座の喧騒のなかのオアシスです。KENJIさん同様に私もまた同じく意を決してこの場所に来たのではなく、ふらりと立ち寄ることの多いホテルです。気楽さがある。それこそがライフスタイルホテルの良さのひとつなのではないでしょうか。

ハイアットセントリックブランドのアジア第1号として誕生したこのホテル。いまでこそ銀座は、アロフトやACやロイヤルパークキャンバス8とか、あるいはMUJIホテルとか、そしてもうそろそろと噂されるエディションとか…もはやライフスタイルホテルの林立する場所に変貌しつつありますが、セントリックはその先鞭をつけた存在と言えるでしょう。しかしこの街はなんとなく、文化や伝統芸能、格式、フォーマルな、といった修辞が似合う場所のような気がしていました。そうしたなかにカジュアルな路線のこのホテルがすんなりと街に溶け込んでしまったのはなんとも不思議な気がしました。実にしなやかなホテルなのですよね、とKENJIさん。

私はこのホテルにカラフルな(それはインテリアにも言えますが)街に合わせて変化していくホテルという印象を持っています。銀座という様々なものが交錯する場所の雰囲気によく重なる場所のような気がしているのです。そもそもホテル自体のサービスも開業当初のセレクトサービスから、徐々に充実した内容に変化させてみたり、ハイアットセントリックで用意できないものを外につなげていくという柔軟な姿勢はもっと評価されてもいいのではないでしょうか。スパ施設がないから金春湯とコラボレーションしてみたり、本格的なイタリア料理のレストランがないから周辺の名店から特別デリバリーを実施したり…自在なアウトソースによって、銀座というコミュニティに自ら飛び込み、溶け込み、そして思いがけないサービスを提供する。そのしなやかさには驚かされます。

ライフスタイルホテルができるとき、そのデザインの個性の強さがやはり強い印象に残るものです。それはもちろんこれまでホテルに興味を持たなかった潜在的なユーザーに働きかけるインパクトがあるのは間違いありません。しかしそれ以上に重要なのは、やはりこうした思いがけない柔軟性であり、それが今後も存続していくライフスタイルホテルなのではないか、そんなことを考えます。だから開業直後以上に、開業から数年を経て、当初の雰囲気から変わってきているということは、良い意味でホテルが成長してきていると肯定的に捉える(…とはいえもちろんパークハイアット東京のように変わらないことに価値があるホテルもあります)ことができるような気がします。

夏には水槽に金魚が泳いでいたり、DJナイトを開催したり、ロビーラウンジに以前はなかったアーケードゲームがあったり、aiboが出迎えてくれたり…サブカルチャーもカルチャーである。そんな主張を積極的にしているような面白さがあります。

このホテルにはコンシェルジュが常駐していない…というのも、スタッフ全員がコンシェルジュであり、マルチタスクなスキルを持っているからですね。チェックインを担当したスタッフが、チェックアウトする最後まで一連のサービスを繋げていく。その旅館のような距離感の近さが魅力的だと思います、とKENJIさんは熱弁します。以前GMと話す機会があり、サービススタンダートはあるのですか?と聞いてみたのですが…ある程度面談のときにその人の個性が経験的に見えてきて、あとは個別のスタイルについては本人の裁量に任せているというのです。これはボスとスタッフの信頼関係が強いことの現れですよね。いわゆる型にはまったホテルのサービスレギュレーションというものを感じないのです。スタッフの皆さんが個性を全面に出していくスタイル。だから泊まった人に素敵な残像としてスタッフの笑顔が残っていくのだと思います。スニーカーも腕時計もアクセサリーもメイクも髪の色もフリースタイル。こうした垣根のなさが良い方向に向いていると感じます。

さてそんなハイアットセントリック銀座のお気に入りの場所は?KENJIさんはこの質問に意外な答えを用意していました。それはNAMIKI667のバルコニー。高層ビルではないこのホテル。開放的な眺めがあるわけではないし、悪く言えば、ビルに阻まれて閉鎖的な印象さえする立地にあるのですが、じつはNAMIKI667は3階にあり、ちょうどよい高さなのだと言います。銀座・並木通りを行き交う人々の息遣いや賑やかさを感じながら食事したりお茶したりできる。春には春の、夏には夏の、それぞれの季節の気配を感じ、かすかに海の香り(意外と銀座は海に近いのです)を感じたこともありました…そうなのです。あの気楽な雰囲気。そしてコーヒーの価格もホテルにしては手頃。だからセーブルの毛皮の銀座マダムやシルクハットをかぶった紳士ばかりが来ているわけではなく、ノートパソコンをもった若い子をよく見かけるのでしょうね。やはりライフスタイルホテルって若い世代が作る文化がメインストリームになっているのだと思います。そのコンセプトは「集う」ということ、とKENJIさん。くるりとしなやかに階段が吹き抜けの空間を取り囲み、抜けた真ん中にバーカウンターがあり、サービスとゲストの歩行導線が絶妙なのもそうした場所の力学に寄与していると思います。

やはり銀座のセントリックなのです。私は個人的にあのホテルに泊まって、誰もいない早朝の銀座を散歩することが好きです。見慣れたカラフルなこの街を感じる夜。そして非日常のように印象の変わる早朝のこの街。そしてほどよく空腹になったところで朝食を。そういう楽しみ方もこのホテルの魅力なのです。そしておそらくこのホテルの楽しみ方はまだまだ広げられる余地がたくさんあるような気がしています。それほどに今後のさらなる柔軟なサービス展開に期待しているのかもしれません。

第16回 アロフト東京銀座・ACホテル東京銀座・コートヤードマリオット銀座東武ホテル(銀座マリオット三兄弟)

ハイアットセントリックの話の延長で語り合いたいとして選んだテーマ。私のなかには確固たるイメージがあって、家族で行くならコートヤード、ひとりならAC、恋人と遊ぶならアロフト。しかしもちろんひとり気ままにアロフトに滞在してしまうのもまた楽しいでしょう。三兄弟のいずれにしても肩肘張らない気楽さがあると思います。KENJIさんいわく慣れ親しんだデニムのようなちょうど良いカジュアルさのあるホテルたち。

コートヤードはさすがに古さを隠せませんが、バブル経済期のホテルのもつ特有の上向きな雰囲気をそこかしこに感じますね。元は東武ルネッサンスホテル。規模こそ小さいけれど豪華絢爛路線を行く立派なグランドホテルで、それはACやアロフトにはないものであり、銀座では珍しいフルサービスホテルだと思います。そういった意味でも貴重な存在と言えるでしょう。ACは全体的にスタイリッシュでバランス感覚に溢れている。特にACキッチンは素晴らしい。アロフトだけは他の2つからみると異端児のようなレトロ&フューチャーという印象ですよね、とKENJIさん。私はそれぞれがなんとなく過去・現在・未来に対応しているような気がしています。

やはり個性が際立っているアロフト。光と音と映像による演出は、気分が躍る、テンションがあがる、色とりどりでいるだけで楽しくなるような近未来感ですよね…ところが、5分くらいしてくると体がなぜか馴染んできて、妙に落ち着いてしまうとKENJIさんは奇妙な体験を語ります。あんなにギラギラしていて、それでいてチカチカしている場所なのになぜだろう。よく考えてみるとそれは、懐かしさ、なのかもしれませんね。行ってみれば昭和レトロな仕掛けがあちこちにあります。剥き出しの配管を意匠として見せる、備品や装飾アイテムやアートワーク、鉄腕アトムの洋書があったり、ロケットがあったり、ハーレーがあったり…それは昭和世代の僕たちが子供の頃に少年雑誌とか図鑑に描かれていた未来の東京。あの時代にいつか夢見た未来の姿が、大人になって訪れた秘密基地になって具現化されたような気がしたのです。タイムマシンに乗ってたどり着いたのは、未来ではなくて、過去に迷い込んだ…未来的な実はレトロホテルなんだと思います。まさに私もいたく同感します。

私はACホテルの雰囲気が最も好きです。やはりスパニッシュデザインらしい洗練。European ArrivalやGood Night&Sleep Wellなどのサービス(それでいてゲストと程よく距離があります)や、シトラスとムスクの個性的なKORRESの香りを激しすぎるシャワーで洗い流すあの感覚、そしてACキッチンでいただくスープやパエリア。余計なものがなにもないので部屋にこもって集中するにもうってつけです。無駄のないホテルという雰囲気がなんとも良いのです。もちろんそれぞれのよいところを「はしご」しても良いかもしれません。ACホテルに滞在して、コートヤードでディナーして、アロフトのバーでクリームソーダを飲む(いや、もちろんお酒という方もいらっしゃるでしょうが、私は飲めません)。あるいは夏の銀座の屋根の上も良いですよね。

個性の強い同じくらいの規模のホテルがほぼ隣り合って存在しているというのは面白いですね。やはり世界最大規模のホテルチェーンであるマリオットの系列ということもあり、このホテル群にはファンも多いようです。考えてみると、現代の多様なホテルの姿の典型を気軽に比較できる場所でもあると言えるかもしれません。ここからはじまって、より奥深いホテルの世界へ…皆さまは一体この3つのホテルの中でどのホテルが最も好きですか?その質問でその人のホテルの嗜好を知ることができますね。とはいえ、当然、その質問ではまったくカバーしきれないこともホテルラバーなら誰しも強く感じることでしょう。

第17回 キンプトン新宿東京

私はここをもって「正統派」のライフスタイルだと思うのです。正統の定義はしませんが。気軽に入れるカフェがあり、ソーシャルアワーがあり、ペットと自由に食事や宿泊ができる。こうした自由を許容するにはスタッフの裁量が大きくなければ難しいと思います。自由闊達であるためにはサービスレベルのレギュレーションというか、ホテルのスタンダードがスタッフ全員に浸透しているからこそ可能であるのでしょう。その意味でハイアットセントリックにも共通している部分があります。ここも髪型や髪の色、化粧なんかも自由。出迎えてくれたスタッフのユニフォームもファッショナブルですよね、とKENJIさん。あれはadidasの名品スニーカー「スタンスミス」とのコラボレーションで、湘南出身のアーティストSHETA氏のアートなのですよ、と教えてくれました。

このホテルに滞在すると気分が明るくなるような気がします。KENJIさんによれば、ここは新宿の副都心の喧騒の中の異国のオアシスだと言います。甲州街道に面したあのエントランスの扉一枚で別世界とつながっていて、どこでもドアのように瞬間移動をしてしまったかのような感覚に見舞われると表現されていました。新宿の中のスモールニューヨーク。実際のニューヨークはどうこうというよりも、想像の中に描かれたある種のステレオタイプを含んだ姿ですが、それでよいと思うのです。

ふらりと立ち寄れるという点もライフスタイルホテルらしさですね。しかしあの間口の狭さはじつにホテルとしては珍しいとKENJIさんは指摘します。通常のホテルのエントランスは視認性をアップして、デザイン性を高めるために間口を広くしてウェルカム感を出すんです。でも、キンプトンはあえてそれを狭くしてしまっている。このことで邸宅感というか、sohoのレジデンスのような雰囲気を醸し出す。そしてはじまるスモールニューヨークの物語。天井が高くて、外国出身のフロントスタッフが多くて、そしてアートが散りばめられた空間。それは通過動線の一部ということをはるかに超えるインパクトがありますよね…私はこのお話を聞きながら、セントレジス大阪を連想していました。あちらも邸宅感があり、さらにいえば起源をニューヨークにもつホテル。間口の狭さと天井の高さという共通点。やはりこういうホテルのデザインは好きだな…と思います。

NYと東京の今に触れるホテル。それを掲げたキンプトンの色とりどりの空間には「OkaEri」とか「Yokoso」といった文字がユニークなパネルアートが置かれています。本質主義者であれば、これはそれぞれの都市ではないと批判されるでしょうが、私はこの世界もまたひとつの世界であると思います。それはすぐ近くにあるパークハイアットの「ニューヨーク」もそうです。イメージとしての世界観が必ずしも現実に即している必要はないと個人的には思います。

そうした気持ちがゆるくて肩肘張らないこのホテルの雰囲気に適合的な気がします。それは宿泊者が自由に参加できるイブニングソーシャルアワーにも、あるいは、ペット同伴OK(エレベーターに乗りさえするサイズであればキリンでもゾウでも…)の自由さにも連なるのでしょう。KENJIさんはこれをオートクチュールなサービスと表現していました。

つくづく私はホテルで迎える朝の時間が好きなのだなと思いますが、多分に漏れず、このホテルの朝もとても好きです。ディストリクトで甲州街道を行き交う車を眺める朝食、部屋で一休みしてから、ジョーンズのバーチコーヒーでモーニングキックスタート。セントラルパークとしての新宿中央公園や、ヤンキースタジアムとしての神宮外苑に散策へ。アクティブな思考にさせてくれる気がします。

カフェメニューのような内容の食事を堪能するのも良いものです。私はアサイーボールやブリオッシュフレンチトースト、あるいはJonesのひねりの効いたミルクシェイクも大好きなメニュー。KENJIさんによればトロトロのチェダーチーズがたっぷり入った巨大なチーズバーガーが美味しいとのことです。また最近だとピエールエルメとのコラボレーションもありますね。

客室についてもライフスタイルホテルらしいこだわりが随所に見られるとKENJIさんは言います。ベッドサイドのライトは日本の伝統的なかんざし。ベッドボードの墨絵には「ゲスト一人ひとりがそれぞれのインスピレーションで、自国の花を思い出したり想像したりしてほしい」という思いから、あえて実在しない花を描いている。寝具は、フランスの高級リネンブランド「ガルニエ・ティボー」のもので、肌触り抜群。客室でひときわ目を引いたのは、まるでアートのように配置された浴衣。これは、革新的な着物を多く手掛けるアーティスト・高橋理子(ひろこ)氏がデザインしたもので、リラックスウェアとして着用できます。描かれた円は、「縁」の意味合いを持ち、多くの人がつながるようにというメッセージが込められているそう。浴衣をはじめとしたグッズが収められたクローゼットは、幕の内弁当から着想を得て設計されおり、扇子、傘、ヨガマットなどが詰められています。バスルームには、スパのような深くゆったりとしたバスタブが備えられています。タオルやバスローブも、ベッドリネンと同じく「ガルニエ・ティボー」のもの。ふかふかの肌触り。アメニティは、NY発のスキンケアブランド「MALIN+GOETZ(マリン&ゴッツ)」が開発した、キンプトンだけのオリジナルブランド「アトリエブルーム」が全室に用意。シャンプーはウーロン茶、コンディショナーはゼラニウム、ボディソープはマンダリンの香り。ステップごとに香りが重なり、混ざり合い、新しい香りなっていくのも楽しい。ほかにも、北欧・デンマーク生まれの「Vifa(ヴィーファ)」のBluetoothスピーカー、「ダイソン」のドライヤー(スイートルームのみ)、「モレスキン」のタブレットケースなど、機能美に優れた上質な製品が随所に取り入れられており、滞在を充実させてくれるものでしょう…ああ、改めて書いていて、手が疲れそうになりそうなほどのこだわりが詰め込まれていますね。

チェックインの際にTwitterの公式アカウントで公開されているソーシャルパスワードを伝えると、無料でスイーツが貰えるということも私はこのとき初めて知りました。夏にKENJIさんが滞在したときのパスワードは”No More Sweatpants”だったそうです。そしてかき氷を頂けたとのこと。私も今度このホテルに滞在するときにはパスワードを覚えていこうと思います…いや、しかし、恥ずかしいですね。どうやってフロントの人に伝えるのでしょう。こういう言葉は恥ずかしがらず堂々と真顔で言うべきなのでしょうか?いや、実際に、難しい。無料でもらえるスイーツは想像よりも遠いところにあるのかもしれません。誰かに「やって!」と後押しされたらいつかやってみましょう。

第18回 キャピトルホテル東急

この配信に先立ってKENJIさんはこの素敵な日系ホテルに滞在されたといいます。それだけ記憶が新鮮なうちに色々と語った回でした。私はこのホテルに対して、ぴりっとした空気感と落ち着いた雰囲気が同居している場所というイメージを持っていました。なんとなくパレスホテルにも似ているのだけれど、あちらが白に対して、こちらは黒。彩度をぐっと抑えたデザインなのは日本建築の意匠をベースにしているせいかもしれません。そうした意味でアマン東京にも少し似ているような気がします。色のない心地よさとKENJIさんは表現します。

そんなKENJIさんにとって、ここは「唯一無二の和らぎホテル」であり、安らぎや和らぎをもたらしてくれるという意味ではパーフェクトであったと絶賛されていました。グランドホテルなのに派手さとか華美な要素がまったくないのですよね。金、銀、パール、クリスタル、バカラ、ゴールデンシルクベルベッド、ロイヤルなんたらかんたら…といったゴージャスな華やかさではなくて、さりげなくて、光が美しくて控えめで気品に溢れている。そうしたスタンスこそが和やかな、やわらぎをもたらしているんじゃないかなと思います。内装も音楽も照明も控えめだけど主張する…日本らしい「奥ゆかしさ」みたいなものが空間からもスタッフからも伝わってくる、和風美的感覚を体現していますよね。このように語りながら、同時に気持ちが丸くなる理由についてKENJIさんは、落ち着いた年齢層の高めのスタッフが多いこともあるのではないかと指摘します。

言われてみれば、確かに全体的に熟練したサービススタッフが多い気がしますね。最近行かなくなってしまったのですが、14階にエクスクルーシブなバーバーがあり、私はそこでしばしば身なりを整えました。そこのスタッフも熟練の方でした。そうした安定感がこのホテルには確実に存在しています。

ラウンジフリークでもあるKENJIさんはここのクラブラウンジの素晴らしさも強調します。その名も「The Capitol Lounge SaRyoh」とある、繊細で手の込んだ料亭の懐石のような和のオードブルやメインディッシュに至るまでしっかりといただける。美食倶楽部のようです。日枝神社の小高い丘は星の眺めが綺麗であるとして、北大路魯山人が「星岡茶寮」という会員制の料亭を主催したといいます。その精神をいまに継承しようという心意気を感じさせられます。

またホテルプールフリークでもあるKENJIさん。キャピトル東急のプールは、バルコニーが無いにも関わらず外気を感じることができるめずらしいプールであると言います。ここで目を閉じていると、周りには誰もいない限られたスペースで、芯から疲れが取れるような気がするのです。泳いで、ジャクジーに浸かって、そしてまた泳いでの繰り返し…グランドハイアット東京のNAGOMIスパの光るジャクジーよりもひと回り大きいのでかなりのサイズ感のあるジャクジーでしたね。

これは私も知らなかったことなのですが、キャピトルホテル東急が独自に行っているのが「木のストロー」の導入。1本のストローに職人の繊細な技術が詰まっているといいます。国産の間伐材を0.15㎜の薄さにスライスしたものを巻いて作られているのですが、口に触れたときの感覚などがとてもよく、KENJIさんは大切な人に贈りたいと思ったそうです。確かにユニークな試みだと思います。

このホテルに滞在したら伝統のパーコー麺を頂きたいですよね。じつはラウンジ「ORIGAMI」と中華料理「星ヶ丘」で違う味わいのものを頂けます。私が好きなのはORIGAMIのもの。カリッとした衣にジューシーなポーク。そしてあっさりとした醤油ベースの上品な琥珀色のスープ。小麦のほのかな香りもよい細麺をさらっと頂きたい。そして最近は裏メニュー(?)になってしまいましたが、クラシカルなメタルの容器で出してくれるミルクアイスでしめたいと思います。水盤が見える窓辺の席で。そして天気がよければ日枝神社に至る小径を散策するのもいいですね。可能であれば5階の低層階のスイートルームに泊まりたい…そんなことを想像していました。

第19回 ザ・プリンスさくらタワーと品川・高輪エリアのプリンスホテル

まさにその名が表すように、さくらの花の色合いのような淡い上品な落ち着きのあるホテルですね…そんんな印象を語り合っていました。現代的なホテルなのに、妙に古めかしい要素がたくさんあって、なんだかメルヘンチックな感じも面白いと思いますね。ところがホテルから中庭や坂道を通って、品川・高輪エリアのプリンスホテルに出るやいなや、途端に広がるプリンスホテルらしい大きくて明るく楽しい雰囲気。その両方を楽しめるのが魅力だと先日滞在して改めて思いました。

KENJIさんも言うように、ここは「巨大エンターテインメントホテル」で「古き良きグランドホテルの王道」であるのです。日本全国を見渡しても、水族館、ボウリング場、映画館、ライブハウス、テニスコートまで揃ったホテルはないでしょう。しかし同時に高輪エリアの落ち着きもまた同時にある。新旧の歴史が共存している、歴史の帯みたいな場所なのですよね。立体感を感じる傾斜地を含んでいることによって森の木々のボリューム感も際立っていて、じつにランドスケープに活かし方もうまいですよね。

私はあの第一京浜からさくら坂を登っていくさくらタワーのエントランスのアプローチが大好きなのですが、それは避暑地にでもきたかのような不思議な感覚があります。あの回廊のようなアプローチを歩きたいという願望は、先日このホテルに滞在した大きな理由のひとつだったほどです。そのコンセプトになっている「旅館のようなおもてなし」を体現したような「和」を感じる空間。品川・高輪という場所は江戸時代より文化の交差点であり、交通の要衝である人々が行き交う場所である。だから「編む」ということをデザインコンセプトにしているのですよ、とKENJIさん。そうして言われてみると、確かにさまざまなものが縦糸と横糸をクロスさせたデザインになっていたことを思い出しました。

ロビー空間の中心にはシンボルとしての亀甲編みの金属パネルのオブジェ。壁面には左官。カーペットのデザインも「編む」というイメージです。またヘッドボード側の壁にかけられた印象深いアートワークは、「京組み木工」と西陣織で構成されていて、木工部は「編む・結ぶ」をテーマに立体的な構造と手法で、京都の職人の手によるすべて手作りのものだそうです。さらにルームナンバーサインは松の無垢材を用いて、木の柔らかい部分を磨きながらそぎ落とすことが木目が浮き上がり陰影が強調される「浮造り(うづくり)加工」が施されており、エレベーターホールにも異なる色を下層と上層に分けて塗り、上層部を研ぐことで下層部の色が味わい深く出るという「研ぎ出し」とよばれる漆器の伝統的な塗りの技法が用いられ、ここにも「編む」というコン セプトが表現されているとのこと。このあたりの詳しい話を澱みなく話しながらKENJIさんは、光と影のバランスが美しいのもこのホテルの特徴だと言います。特に影の表現。東側は京格子に代表される濃い色の客室。西側は数奇屋建築などで多用される白木を使用した客室。まさに陰翳礼讃の世界ですね。

このように日本的なこだわりが随所に光るのですが、桜のもつ儚さやかわいらしさをさらに引き立てていると思います。さて17種類もの桜がある高輪エリアの日本庭園。そこには1954年に奈良県生駒市の長弓寺にあった三重塔の一部であった観音堂や茶寮惠庵といった歴史的価値の高い建造物がたくさんあります。しかしKENJIさんの息子さんが小さい頃にこの日本庭園を怖がったと言います。パパ、ここおばけ出ない…?と聞いてくるほど。私もきっとそうしたでしょう。さらに旧竹田宮邸も古い洋館。そういう気持ちになるのも無理のないことです。しかし私は最近なんとなく、そのおばけが出そうな雰囲気もまた素敵だなと思います。歴史の蓄積はさまざまな人々の記憶の蓄積でもあります。そしてこのホテルにはなんだかあたたかい思い出が宿る気がするのです。あたたかい思い出のもとに集まるおばけならばきっとあたたかく我々を見守ってくれる。そんな気がします。日本でのトップクラスの巨大なエンターテインメント・グランドホテル。その懐の広さは、目に見えるものと目に見えぬもの、そして過去と未来という境界線を越えるものに違いありません。

結び

第20回目は第1回から第19回までの振り返りを兼ねたダイジェスト版でした。しかし最初に予定していた2時間ではまとめることができず、延長しましたが、それでも多くの語れなかったことが残りました。また参加者の皆様の体験談などを聞くこともできなかったのでした (申し訳ありません…)。

配信をはじめてほぼ1年。KENJIさんをはじめ、さまざまな方のホテルに対する想いや体験に触れる時間は、私にとってかけがえのない大切なひとときとなっていたのです。何度かこのブログでも書いてきたことかもしれませんが、日常生活では決して出会えなかったであろうたくさんの方々と、ホテルという軸でこうした交流が持てると言うことは本当に幸せなことだと思います。皆様に改めて感謝致します。いつも本当にありがとうございます。

Clubhouseでの配信は全20回をもって一旦お休みとさせて頂きましたが、また時期をみて、なにかしらの方法で(Twitterのスペースを検討しています)再開できたらと考えています。今回の11回から19回までの内容を書いてみて、なかなかの長文になりましたが、それでも語りきれなかったことの方が圧倒的に多いのです。またそれぞれのホテルに対するそれぞれの方の想いや体験は、私の想像をはるかに越える広がりがある(エピソードの大小を問わず)に違いないと思っております。そうしたひとつひとつの物語に耳を傾けることを心待ちにしています。

よろしければ今後ともお付き合い頂けたら幸いです。

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