アマン東京宿泊記2021・東京随一の都市型ラグジュアリーリゾートで過ごすバースデーステイ

しばらく諸々うまくいかなくて、気持ちばかりが焦って、ついに心が安定しない日が続く。毎年の秋はやはり私にとって「愁い」の季節なんだなと思いながら過ごしていました。その「愁い」の季節のちょうど中間点くらいに私の誕生日があります。パートナーとはここのところ小さなすれ違いが多くなってしまっていたのですが、誕生日は一緒に過ごすことを決めていました。そして前々からずっと一緒に行きたいと話していたアマン東京を予約していたのでした。

アマン東京…まさか東京にアマンが出来るだなんて。そういう驚きと共に2015年の春に足を運んだ記憶があります。当時は滞在したわけではなく、ただ様子を見ただけでしたが、真っ白でとても高い天井と黒い石造りのコントラストに圧倒されたことを覚えています。それ以前は東南アジアのラグジュアリーリゾートというイメージが強かったのですが、日本の、それも東京にどのような世界を描くのかをとても興味深く(楽しみというのとはやや違う感情で)思っていたのです。

思い返してみれば、このホテルをこのタイミングでの滞在先に選んだのは必然だったのかもしれません。どうしてこんなにこの空間に足を運びたいと思ったのか…それはふたりで行ったことのない魅力的なホテルに泊まって、新しい体験をしたいという深層心理か、あるいはあたたかいホスピタリティと絶対的なラグジュアリー空間に包み込まれたかったからか。理由はいくつもありますが、それを突き詰めていくと、このホテルが知らず知らずに幸福感を人の心に灯すような場所という印象に収斂していくように思うのです。それはあたかも魔力のように人を捉える魅力であり、アマンジャンキーが生まれる理由なのかもしれません。

大手町のビルの片隅に、ここにホテルありという宣伝のほとんどない通路があり、そこを車で進むと人力車が停まっています。この不思議なアプローチは他のどのホテルでも見たことがありません。しかしバレーパーキングの車を預けると、そこはアマンの世界。ダイナミックな絵画と木のあたたかみを感じるレセプションを抜けてチェックインに進みます。

エレベーターに乗った瞬間から東京を離れていく感覚になります。この感覚は素晴らしいラグジュアリーホテルに泊まるときの独特の感覚であり、そのホテルごとに湧き上がるイメージにはバリエーションがあります。例えば、コンラッド東京であれば、ぴりっと引き締まるような高揚感であったり、パークハイアットであれば異世界へのワープのような超越的な気分。そしてアマン東京はあたたかくて穏やか気持ちが高まっていくような優雅な気持ちになります。それは東南アジアのリゾートで過ごすときのゆるやかな心地に似ているような気がしましたが、それは私の先入観がそうさせるのでしょうか?

チェックインの手続きはロビーラウンジで行います。本当に久しぶりにこのロビーラウンジを訪れました。圧倒的な高さをもつ天井から溢れる白い光と、巨大な窓から降り注ぐ秋の日差し。それを受けとめるような黒い石造りの大胆なコントラスト。ここは紛れもなくラグジュアリーリゾートホテルです。

本日の部屋はデラックスパレスガーデンビュー。皇居の緑と都心の高層ビルと秋の青空が巨大な窓から見渡せます。ダイナミックな景色はもちろんですが、伝統的な日本家屋に対するインスピレーションを得たと思われる上品でシンプルな客室。一歩間違えると面白みのない単調な内装になってしまいそうなところが、高踏的とでもいいましょうか、むしろその単調さが上品さに結びついているように思えるのです。飾り立てないことによって、かえって気位の高さを感じさせられるのかもしれません。これもまたアマンらしい。

この客室のもうひとつの特徴はなんといってもこのウェットエリアでしょう。和紙の障子を開くと天井まで届く大きな窓と深い浴槽の石造のバスタブ。レインシャワーとハンドシャワー。そして木の風呂桶と椅子。ベイシンもダブルシンクで使いやすく、黒色なのにまったく威圧感のない落ち着く雰囲気なのも素晴らしいところです。石鹸は釜炊きの手作りのもので、バスアメニティもユーカリのようなすっきりとした香りのもの。全体に嫌味のないこざっぱりとした感じなのはアマン東京に貫徹されているシンプルな美学のためでしょうか。あるいは日本の伝統的なものに対するアマン流の解釈でしょうか。

それにしても本当に大きな窓です。客室には段差がついていて、少し下がったところがリビングスペース。秋の日差しは冷たく感じることもありますが、この部屋にいるかぎりそれはあたたかいものに思えたのでした。この居心地の良さ。それは他のどのホテルに対しても思うことのない快適さです。

都市とアマン。その組み合わせが生み出す魅力というものに対して懐疑的だった自分がいました。それは元祖のアマンプリであるとか、あるいは以前訪ねたバリ島のアマンダリやアマンキラといった珠玉のホテルのイメージが強すぎたせいなのかもしれません。アマンは行きにくい場所にあるホテルファンの聖地だ。その不文律を破ったような都市型のアマン。実際にはアマン・ニューデリーが先行していたわけですが、いずれにしても、なんとなく、東京という街の文脈に合わないような気がしていたのです。日本でも、まだ訪れたことのないアマネムやアマン京都は文脈に合いそうな気がするのですが、東京はあまりにも人間の生活に近すぎるような気がしました。

しかしこうして空とビルを部屋から眺めていると、これはひとつのラグジュアリーリゾートなんだ。東京にあって東京を遠く離れられるような「行きにくい」場所なんだ…と妙に納得させられてしまいます。

夕食までは時間がある。今日は私の誕生日なのでふたりが好きな銀座のとあるフランス料理店を予約していたのですが、空白の時間を埋めるようにホテルで過ごすことにしました。そういうときに都合が良いのがバー。広いロビーラウンジの奥の方にスクエア型のランプが特徴的なバーカウンターがあります。

ミクソロジストの方にお願いして、おすすめのカクテル(私はモクテル)を作ってもらうことにしました。なにを飲んでもいい気分のときに私はよくこういう頼み方をします。季節の果物を使ったものを勧められたので、2種類の和梨をすりおろした実にすっきりとしたモクテルを作ってもらいました。

小さなすれ違いが重なっていた彼女とぴりぴりした時間が流れたときもありましたが、この空間で本当に久々にふたりでゆっくり話をしているうちに、段々とそのわだかまりも解けていったような気がします。

日没はもうすぐそこまで来ていました。この風格ある美しいラウンジの景色も佳境を迎えるころ、我々は席を立って夕食に向かうために一度部屋に戻ることにしました。鮮やかなグラデーションを描く東京の空は言うまでもなくドラマティック。おそらくこの景色を眺めるためだけでもここを訪れる理由になるでしょう。そしてもしこの景色を見たならば、このホテルにそのまま泊まりたくなってしまうことは疑いありません。

彼女がドレスアップするときを待ちながら、私は窓から太陽が描く空模様が徐々に群青色に変化するさまを眺めていました。本当にいま起こっていることは現実なのだろうか。夢の中にいるような気持ちになりました。ホテルに魅せられたせいなのか、あるいは…そうこうしているうちに、シックな黒いドレスに着替えた彼女が出てきました。

なんだか久しぶりだね…そう言ったか言わなかったか記憶が定かではありませんが、随分と会っていなかったような人に会ったような感情を覚えました。そういえばちゃんとしたフランス料理を食べにいったのはもう2ヶ月以上も前のことです。ゆっくりと会話を楽しみながら、美味しいものをふたりで食べて、素敵なホテルに泊まる。最近の私が少し忘れていた生きる悦びがそこにありました。

おかえりなさいませ。そのあたたかな声に出迎えられて再びホテルのロビーに。3時間近く食事していたでしょうか。アフタヌーンティーを楽しんでいた人たちの姿は消えて、さっきまでの賑わいが嘘のように静まり返ったロビー。高い天井から照らし出す光がどこか神々しさを感じさせました。人がいないからといって消して寂しい感じはしなく、むしろあたたかさを感じるのはなぜでしょうか。ゆっくりとこの静かなロビーを抜けて奥まったところにあるエレベーターホールから客室へ。その僅かな時間ですらもどこか現実ではないような心地がするのです。
部屋に戻るとテーブルのうえに、アマンのホールのモンブランとプレゼントが置かれていました。ペンハリガンの香水。私が最近気になっていたジントニックをイメージした香りのジュニパースリング。またショートケーキよりもモンブランが好きという私の好みも分かってくれている。彼女らしい贈り物をもらってとても嬉しい気持ちになりました。
もちろん誕生日を祝ってもらったからというだけではないけれど、彼女との関係をよりあたたかいものにしていきたいという気持ちを新たにしたのでした。
それにしてもこの部屋のバスルームの快適さは圧倒的なものを感じます。天井まで達する大きな窓のおかげで眺望に優れているせいもありますが、威圧的にならない絶妙な色合いの黒い石、そしてさっぱりとしたバスアメニティ。高貴な檜の香りに満たされて、ほっとするバスタイムを楽しむことができました。窓の向こうには光り輝く東京の夜。首都高速を走りゆく自動車のあかり。
夜は更けていきます。低めのベッドがなんとも落ち着くし、あとはただ眠るだけ。大手町にいるのか、あるいはまったく別の場所にいるのか、ここにいるとわからなくなりそうです。この感覚を喚起されることこそがこのホテルの魅力であり、また魔力である。そんなことを考えていたら、いつのまにか眠っていたのでした。
やや雲の多い朝焼けに目が覚めました。ほどなくして前日にお願いしておいた朝食が部屋に運ばれてきました。彼女は和朝食、私は洋朝食。いつもの組み合わせです。フレンチトーストはとにかくやわらかく、ベリーの甘酸っぱさやクリームの優しい甘さとの相性が素晴らしいもの。ここにソーセージとアボカドを添えてもらいました。最近はエッグベネディクトよりも、甘いものに少し野菜とソーセージかハムを添えてもらうのが好みです。でも、このホテルのエッグベネディクトに心惹かれました。パートナーいわく、和朝食の質もとても高いものだったようです。だし巻き玉子を少しもらいましたが、確かに上品な出汁の旨味が活かされたものでした。
コーヒーを飲み終えてからしばらく部屋でゆっくりくつろぎました。午後に予定があるものの、まだ少しだけ時間がある。そこで我々はプールで少し体を動かすことにしました。アマンといえばブラックプール。そういう強いイメージがあります。たしか20年前くらいにバンコクのホテルに泊まろうと雑誌を読んでいたとき、偶然目にしたプーケットのホテル。そのなかでひときわ素敵なホテルを見つけたのです。それこそがアマンプリ。熱帯の植物の奥にタイの伝統的な建築様式を取り入れた建物があり、その手前のどんと構える真っ黒なプールの写真がありました。その衝撃はとても大きく、いつか訪ねてみたいと思いつつ、いまだに訪ねたことはありません。それがおそらく私にとって最初のアマンとの出会いでした。
当時はインターネットの情報も少なかったために、自分のなかの勝手な素晴らしいイメージを膨らませていました。そしていまだにアマンプリについて情報を検索してみようとは思いません。実際にこの目で確かめるまで体験を新鮮なままにしておきたいという想いからです。
なおこちら東京のブラックプールの素晴らしさも言うまでもありません。空中にいるかのような開放感。神々しささえも感じさせられるような全体の意匠。そしてゆったりとくつろげるデイベッド。ここもまた時間の流れを忘れさせるのに十分な場所です。
プールのあとで昼から午後にかけてホテルから外出。予定を終わらせて、再びホテルに戻ってくることにはかなり空腹になってきていました。そこでラウンジでなにか食べようと思って、珍しいものを注文することにしました。アマン東京のお好み焼き。牛すじのあまさやソースの香ばしさがたまらない逸品。広く親しまれたものをアマン流の解釈で提供しているのが面白く、もちろん味わいの豊かさも言うまでもなく、このラウンジの魅力もまた発見したような気がします。
ホテルをチェックアウトするとき、なかなか立派なタグをもらいます。素晴らしいホテルに滞在した後というのは、しばしば現実に戻る前の余韻のようなものがあるものですが、このホテルはその余韻がとりわけ長く続くような気がしました。現実離れした場所。その印象は滞在の最初から滞在のあとまでずっと続いていたのです。
パートナーと久々にゆっくりできたから?圧倒的なラグジュアリー感に心打たれたから?あるいは自分自身が現実から離れたいという願望を持っていて、それを叶えられるような場所だから?
おそらくどれも正解でしょう。しかしそうした理由づけをどこかに追いやってしまって、ただシンプルにここに泊まりたい。考えることに先立つ本能的な部分に働きかける魅力がこのホテルにはあるように思います。また我々もその直感に導かれるようにこのホテルを訪れることでしょう。そのときまでまたしばらく。朗らかな気持ちでアマン東京をあとにしました。
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