個人的に今年2023年に開業するホテルのなかで最も楽しみにしていたところといっても過言ではありません。そう、虎ノ門ヒルズ・ステーションタワー内に開業するハイアットのアンバウンドコレクション…その名もじつにストレートなホテル虎ノ門ヒルズ。
すでに虎ノ門ヒルズには2014年の6月に同じハイアット系列のアンダーズ東京が開業しています。驚くなかれもうすぐ10年。はじめてアンダーズ東京に足を踏み入れたとき、天井が高く洗練された最新鋭のビルのなかにどこかヴィンテージな雰囲気を醸し出すトニー・チーのデザインの巧みさ、aoスパの真っ白な空間やプールの浮遊感、そしてとてもフレンドリーなスタッフとの交流…まったく新しい時代のホテルにめぐりあえた感動に目を輝かせた日のことが鮮明に蘇ります。さて…懐古的になるのはやめましょう。10年の時間をかけて広がり続けてきたこの街。ここにまた新しい「目的地になるホテル」が誕生したその日に私は立ち会うことができました。今日はそのときの様子をリポートしましょう。
否定からはじめるのは本意ではないのですが、このホテルには(まだ?)バレーパーキングはありません。しかし駐車料金はグランドハイアットと違いません。ここだけは改善してほしい。しかしそれ以外に不満はまったくありません。絶妙な快適さとおしゃれさが心地よくて、それほどホテル自体の施設が充実しているわけではない(スパやプールはなく、ジムもまだ仮設)のですが、連泊するか、すぐにまた泊まりに行きたくなってしまうような魅力を感じさせられたのでした。
私がホテルに到着したのは午後3時の少し前…開業日特有の緊張感と華やかさの交錯。車を地下の立体駐車場に停めた私はステーションタワーの一角にひっそりとある入り口から賑わうフロントへ向かいました。フロントはカフェと一体となっていて、少し手狭な印象もありますが、それはおそらく開業日で人もひっきりなしに出入りしていたせいもあるのでしょう。東京のハイアットファンにはよく知られたスタッフの方にも出迎えてもらい、チェックインは驚くほどスムーズに進みました。
フロントのスタッフも初日の混乱を多少感じさせますが、どこか余裕を感じさせられるにこやかな応対。これぞハイアットタッチ。よい第一印象です。荷物を運んでくれたスタッフは私に英語のみで対応。日本にあるホテルでは日本語が当たり前、とならないのもまた、ハイアットの開業日らしさを感じさせられます(パークハイアットニセコや初めの頃の京都、はたまたアンダーズも最初の頃はそんな感じでしたよね)。
私は部屋に荷物を置くと、さっそく11階にある宿泊客全員が利用できるラウンジに向かいました。メゾネットになっていて、階段の上にはシャワールームや休憩スペースがある。これはチェックイン・アウトの前後に利用されることを想定していて、早い時間に到着してしまった場合や、規定のチェックアウト後に時間が余ってしまっているときなどに重宝しそうです。ラウンジ自体に用意されている飲み物や軽食の質も高く(個人的にはジンジャーエールがとても美味しく感じられました)、満足度は高いものでしょう。
今回の客室はプレミアムキング。40平米の広さの縦長の部屋で、デザインは非常にシンプル。さりげなく日本らしい趣を感じさせられますが、同じ虎ノ門ヒルズのアンダーズで表現されるようなダイナミズムではなく、むしろ非常に控えめで奥ゆかしさを感じさせられます。デンマークのスペース・コペンハーゲンが手がけたこともあり、そこかしこに北欧らしい素朴スタイリッシュな雰囲気があります。BluetoothスピーカーがBang&Olufsenというところにもこだわりを感じます。
ウェットエリアはモノトーンのすっきりとした雰囲気。バスアメニティはNEMOHAMO。特筆すべきところはないけれど、ベッドルーム側とゆるい連続性のあるおしゃれさが嬉しい空間。もちろん諸々の機能の使いやすさも申し分ないものです。
さて部屋からの眺めは虎ノ門ヒルズビュー。おもいっきり窓側に身を乗り出せば東京タワーも見えなくはありませんが、無駄な抵抗はやめましょう。もともとこの日はなにもせずホテルステイを楽しむ予定になっていました。しかしちょうどこの日の午後に仕事が入ってしまって、部屋であまりゆっくりする時間もなく慌てて外出することになりました。よっぽど他の日に予約を変更しようかと思いましたが、やはり新規開業日の楽しみには抗えず…慌ただしかったです。
ホテルに戻ったのは夜の19時過ぎ。
午後の賑わいは少し落ち着いていましたが、それでもなお、あの開業日特有の熱気は続いていました。
私はXの相互フォローの方と待ち合わせて(予約してくださってありがとうございました…!)、このホテルのメインダイニングである「ル・プリスティン東京レストラン」のディナーへ。ここもまた和の趣をエッセンスにした北欧風のインテリアが美しいレストラン。オープンキッチンの奥で料理人たちがきびきびと動いている様子も間近に見て取れます。
わざわざ「シグネチャーの(ノン)アルコールカクテル」と書いてあるように、お酒以外の飲み物にも力を入れていることがわかり、私のような飲めない人にとってはそれも嬉しいところ。まずはスパイシーなトニックで乾杯。最近のホテルステイの話題を中心に交歓しながら食事を楽しみます。
このレストランの基本は分け合うこと。音楽やアートの要素を感じる空間とそこで交わされる共に食事する人と、料理する人、サーブする人、さまざまなものとのグルーブ感。パンが運ばれてきます。説明は英語だったり日本語だったり…これも開業日らしいところかもしれませんが、あまり気になりません。言葉を超えて美味しい時間を分かち合っている感覚。これは楽しい。さてその没入感は実際にお読みになった皆様が実際に足を運んで体感してみていただきたいと思いますが、ひとつ、パンのおいしさを強調しておきましょう。シンプルに外はカリッと、中はもっちりの王道のパンなのですが、あえてたっぷりのオリーブオイルと塩気のぴりっときいたバターが用意されます。この「塩」はこのレストランを語る上で欠かせない要素のひとつだと思うのです。
シェフのセルジオ・ハーマンはオランダのゼーラント出身のスターシェフ。自身のレストラン「アウトスラウス」をミシュラン3つ星へと高めた独創性とこだわり。いまはベルギーのアントワープのLe Pristine本店をはじめ、いくつかのレストランとカフェを運営しているとのこと。ゼーラントは英語で言えばSea Landである海に面した地方。海の幸をどうしたら美しくおいしくできるかについての追究は注目すべきでしょう。ハマチをつかったシグネチャーメニューのひとつ。食材ひとつひとつの主張。それをまとめあげるのは「海」の要素である塩。おそらく瞬間的に思うでしょう。塩っぱい。でも不思議なことにその塩っぱさはすっと引いていき、驚くほど豊かな風味が口内に広がっていく…それは寄せては返す波のリズムを連想します。
なにかを食べるとき、わたしたちが感じるおいしさは刹那的だ…そんな暗黙の前提に揺さぶりをかけるのは料理にリズムを与えたハーマン氏の感性。これぞまさに革新的。
そんな革新的な食体験のリズム感はメインディッシュにも完徹しています。素晴らしい。まずは木の香りに誘われる。それをスタッフが個別のさらに取り分けてくれます。なにかとこのホテルとつながりを感じるアンダーズから移ってきたスタッフの方もいます。ここもまた安定のハイアットタッチ。丁寧かつ絶妙に気取らないあたたかい接客は本当に気持ちよく感じます。そしてこのリズム感ある食体験との相性もじつに良い。ハイアットファンから絶大な支持を集める「旬房」のようなノリ、といえば、理解していただける方も多いのではないでしょうか。
鍋の上の鹿肉は切り分けられて、スパイスの効いたダークチョコレートやマスカルポーネのソースの上に乗せられます。スイーツを連想させるアイテムとメインディッシュの組み合わせ…万人受けするかはわからないけれどあえてこういうメニューで挑んできたか!と思っているところに派手なタトゥーの目立つひときわオーラを放つ人物が登場。その人こそセルジオ・ハーマン氏。自らトリュフを削って仕上げをしながら、我々にあいさつと料理の説明をしてくれました。とてもテキパキとしていてスターシェフらしい風体を漂わせていました(翌日は通訳や付き添いの人物を引き連れて朝食を提供しているカフェの方にも顔を出していました)。
さてシェフ・セルジオ氏の早口の説明からわかるのは、この料理が複雑な味わいの相互作用のうえに成り立っているということ。なるほど最初にカカオの香りが来たと思ったら、それに続くようにスパイシーなようでもあるし、まろやかな風味でもあるし、そうした相互作用を邪魔しないどこか清らかな鹿肉のさっぱりとした実質感でもあります。しかしここでも強調しておきたいのは塩味。とにかく頼もしいほどにしっかりとした味付け。ここまでやってもいいのか、と思うギリギリのラインを攻めてくる。付け合わせのブーケ状の野菜たちにもそうした絶妙な強い味付けがなされています。
じつに美味しかった…感激しました。今年食べた料理のなかでも確実にベスト3に入ります。いや悩ましいところで…トップに限りなく近いでしょう。また東京に数あるレストランの中でも一度は訪ねておくことを強くおすすめしたいと思います。
インルームダイニングのサービスはまだ始まっていないので部屋で楽しみのアイスは食べられなかったのですが…デザートにはとろけるティラミス。これもまた絶品。これはカジュアルなカフェの方でも食べられるということで、ぜひこれだけでも気軽に食べにいきたいものですね。
久しぶりに大いに語り、大いに食べました。満たされた気分でそのまま部屋に戻り、お風呂に入って、あとはベッド(これも心地よい寝心地だったように思います)で快眠でした。
冬の太陽に照らされて目覚めたら朝食へ。メインディッシュをひとつ選ぶタイプのブッフェをル・プリスティン・カフェで。まさにおしゃれなカフェの朝食という雰囲気。前日に…そういえば、この雰囲気はアンダーズソウルと似ているのではないでしょうか?という話題になったことを思い出しましたが、まさにその感覚に似ています。あとは、あえて言えば、東京だとキンプトン(個人的にあそこの朝食の雰囲気大好きなのです)にも似ているような気がしました。私はパッションフルーツがたくさん乗ったバニラパンケーキを食べましたが、フライドヌードルなども気になりました。最近少食傾向なのと、前日にかなりたくさん夕食をとったので軽めにしました。それでも印象に残る朝食。コーヒーの香りも豊かでした。
さてしばらくしてからチェックアウト。冬の東京の青空が美しく見えました。部屋から見えるのはアンダーズ東京の入っている最初にできたタワー。随分とこのあたりも雰囲気が変わりました。しかし変わりゆく虎ノ門の街の勢いというかエネルギーのようなものを感じた滞在でもありました。そんなエネルギーの核心のひとつに位置するこのホテルはポテンシャルを秘めています。今回はやや慌ただしい滞在でしたし、開業初日だったので、今後更に充実したサービスに触れることも楽しみです。さらに強調しておきたいのはこのホテルの居心地のよさでしょうか。空間の力やハイアットタッチのホスピタリティ…それがほどよくカジュアルなこのホテルにうまく集約されているのです。ラグジュアリーホテルほどの充実は求めないけれど、おしゃれな空間で満ち足りた滞在がしたいときの有力な候補になることは間違いありません。
部屋を出てから少しだけ時間があったのでカフェでアフォガートを頂いてみることにしました。マイルドな苦味にやさしい甘さのアイスクリームがよく合います。思えばフロントのスタッフもチェックインのときに少し会話しただけなのに、もう2回目には私の名前を覚えてくれていた…そんな若くして老練なホスピタリティをすでに実装しているスタッフがいるだけでもこのホテルをリピートする動機には十分と言えましょう。またカフェのスタッフの一部は、ホテル虎ノ門ヒルズにしばらく所属した後には同じ「ヒルズ」である麻布台にまもなく開業するアマンの姉妹ホテル「ジャヌ東京」のレストランで活躍することになっているとのこと。ぜひジャヌにも来てくださいと爽やかな男性スタッフはにこやかに。来年東京に開業するホテルのなかでもいまから泊まりにいきたい場所のひとつ。そしてもちろんこのホテルにもまた来たいし、同じハイアット系列でいえば、来年の5月に改装となるパークハイアットも…まだまだ私の東京のホテル巡りの熱は冷めそうにありません。