2023年2月 パークハイアット東京 宿泊記

ブルートレインで最後の旅に出かけたのは、いつの頃だったのだろう。ガタンという鈍い衝撃音と共に客車が揺れる。みんな一緒に揺れる。A寝台もB寝台も乗務員も。そしてキーっという甲高い音が遠くに聞こえるやいなや、静かに滑らかにゆっくりゆっくりと景色は後ろに流れていく。特に好きだった東京発大阪行きの夜行急行銀河。日本の二大都市を結ぶビジネス列車。でもビジネス列車というにはあまりにもくたびれていて、どこか時代に取り残されていて、でもそこには確かに文化があった。深夜23時に東京を出て、喫煙席があって、私は煙草の匂いが嫌いだったけれど、それすら許容できてしまうようなおおらかな空気感がどこかにあった。日常の中の非日常。自分の住んでいる街の外への、初々しい感性がまだほのかに残っていた頃。朝の7時。寝起きの街を抜けて、最後に淀川を渡る時の、あのなにかがはじまるような胸の高鳴りを妙に懐かしく思い起こします…。

変わっていくことを憂いているわけでもないし、昔がよかったと主張したいわけでもありません。でもときどきそうして過去をなぞりながら、変わらない場所に行きたくなるのです。

ライブラリーを通るとき、なぜか冷たい陽だまりのような矛盾した気分になります。冬の太陽。ひとつの絵だけが変化して、季節を変えてしまう。そんな不思議な場所。通り過ぎる人たちが多国籍に戻りつつあるのを感じながら今日はここを通り抜けて奥でチェックインをします。どこからともなくスパイシーな香りが漂ってくる昼の回廊。それは隣接するダイニング、ジランドールから運ばれてくるものでしょう。酸味と旨味のバランスの良いあのカレーを食べたい気持ちになりながら、まずは部屋へ。

ひとつひとつの部屋に思い出があります。淡いものも刺激的なものも。もちろんこの部屋でも。たしか10年くらい前のこと。ある同級生の子と一緒にニューヨークバーに行ったっけ。

映画のロケ地に行くとめっちゃテンションがあがるんだよね。

そう言ってソフィア・コッポラ監督のLost in Translationの話題で盛り上がった。あまりにもよく知られた話だけれど、いうまでもなく、このホテルを舞台に繰り広げられる刹那的な愛の物語。急に映画を見たくなったと言いながら部屋で一緒に画面を見つめて、ルームサービスでストロベリーアイスクリームを2スクープ。ぼんやりとした時間が流れていました。エンドロールが流れて、そんな曖昧な時間は私たちを刹那的にさえ恋には導きませんでした。

夜も遅いから送っていくよ。

そうして私は静かなピークラウンジを抜けて、夜の首都高へとハンドルを取りました。

この前はどうもありがとう。じつは、こんど入籍するんだ。

そんなメッセージを受け取ったのはそれから数日してからのことでした。

51階から見渡す東京には冬の夕日のグラデーションが浮かんでいました。あのとき…。

この時間帯に新宿の南口を見ているのが好きです。中央道へと続く高速道路はそろそろ混み始め、駅に集う人の数も増えてくる。でも私はそれとは無関係な時間を過ごしている。義務から逃れられたような自由な気持ちと、そうした文脈から切り離されたような切なさ。

真っ黒な電話の受話器を取ります。今日ニューヨークバーは空いていますか?

しずかになめらかに上昇するエレベーターを降りると、きらきらと光る東京の街が広がり、今日もジャズの演奏が聞こえます。今夜は私以外に日本人はいないようです。カウンター席に座っていつものモクテルとお気に入りのバーフードを数点。ロブスターの旨味溢れるマカロニ&チーズを味わっていると、隣に座っていた驚くほど髪の長いオーストラリアから来た大男が私に話しかけてきました。

美味しそうだ。これは名物かなにかですか?

なんとなく、食べたい気分だったのですよ…私がそう答えると、彼は頷きながら店員を呼んで、同じものを注文していました。

いや、私もなんとなく食べたくなりましてね…そう言ってにっこり私と握手しました。

ひっきりなしに客は入ってきます。大声で話して豪快に笑う。ジャズの演奏に喝采を送る。そんな光景を私は眺めていました。それはなにげないとても贅沢な時間のように思われました。

すっかり連絡をしなくなってしまった人たちの表情が浮かびます。師匠のような友人のような彼とここで語り合ったのもつい昨日のことのようです。あの長い廊下を歩いているとこのホテルという物語に捉われてしまうような気がしますね。そう言っていたことを思い出します。またいつか。

東向きのこの部屋からは日の出を眺めることができます。私は高層のホテルに泊まるときはカーテンを開けたままにして寝ることが多いのですが、それはとりもなおさずこの朝焼けと共に目覚めたいからなのだと思うのです。夜行バスが新宿駅の西口に向かって走っていく様子が見えました。気だるさと東京での一日のはじまりへの期待を感じさせられる光景。私もそろそろクラブ・オン・ザ・パークで身支度を整えることにしましょう。

ジランドールの朝食はシンプルに好きなものを好きなだけ。パークハイアットの朝食の思い出はなぜかいつも明るい。今日もまた陽の光のあたる窓際の席でしばらくゆっくりしましょう。昨日の夜に頭に浮かんでいた色々なことは、忘れないけれど、またしばらくは頭の片隅に。

まだピークラウンジも目覚めたばかり。この朝の心地よさもまた私が何度でもここに泊まりに来たくなる理由のひとつなのです。何度も通う場所には記憶が蓄積されて、ときに重くなっていくものかもしれないけれど、それでもやはりまたここに来ることでしょう。

ブルートレインはもう走っていません。でもあのなにかがはじまる午前7時の胸の高鳴りはまだはっきりと覚えています。それはきっといつまでも変わらない何かとして残り続けると信じたいものです。ジランドールでなぜか脈絡なく思い出した鉄道の旅の記憶。そしてふらりと足を運んだピークラウンジで確信に近い思いを抱いた瞬間。それは変わっていく中で残り続ける変わらない価値。

このホテルも変わらないようで秘かに変わっていくのかもしれません。部分的には変わっていくべきだと思うところもあります。それでも変わらないものは残り続けると信じているのです。

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