2022年2月 パークハイアット京都宿泊記 二寧坂ハウス

春の気配を強く感じるようになってきた3月。私の心は再び京都・東山に向けられていました。もう滞在から1ヶ月。長いような短いような。記憶を振り返り、いまをみつめるとき、私はときどきその言葉が脳裏に浮かんできます。その渦中にいるときには延々と続くように思える退屈な時間。しかし過ぎ去ってしまうと、なにも残っていないように思えてきて、密度は薄く、あっという間だったと思える。そんなあいまいな1ヶ月。この間、コロナ禍とはさほど関係のない文脈で、私はゆっくりと遠出する機会をなかなか持てずにいました。おそらくパートナーもそのことをもどかしく思っていることでしょう。春になれば…そんな次の旅を想像しながら、いま、京都での滞在を思い返しているのです。もしかしたら季節の風を感じるためにかの地へ再び旅したい欲求がそうさせているのかもしれません。

前日セントレジス大阪に滞在していた我々は、ホテルをチェックアウトして京都に向かう途中、少しお茶でもしようと中之島のコンラッドに立ち寄ることにしました。ここに最後に泊まったのはおそらく5年前くらい。プールの雰囲気がとても良かったこと。兵庫の豊岡まで行く用事があったために、あまりゆっくりできなかったことなどを思い出していました。改めて訪ねてみると、エレベーターを降りた後で広がるこの巨大な展望空間には驚かされますね。…いつかまた、そう思っているホテルがたくさんあります。スパイラル型のアフタヌーンティをする女性グループがたくさんいるなかで、我々はバーカウンターで軽くモクテルを飲んで、そのまま京都に向かって車を走らせました。

徐々に気配は春に向かいつつあるとはいえ、いまだに寒く冬のニュアンスを強く感じる2月の京都。このホテルのバレーパーキングを自分の車で利用するのは初めてのことです。このホテルが開業してからというもの、ひとつの季節に1回の割合で訪ねてきています。客室へとエスコートしてくれたスタッフとも同じような話題になったとき、東京以外でこんなに高頻度で泊まっているホテルも珍しい、と改めて思ったのでした。逆に京都には近年、ますます面白そうなホテルが増えてきていて、ひとつひとつ泊まり歩きたいと思っているのですが、これもまたなかなか実現せず…逆にいえば、それだけ自分にとって、このパークハイアット京都がお気に入りのホテルなのだということでもあります。

チェックインを済ませて部屋に。細長い空間の向こうに八坂の塔がみえ、伝統的な建築の中を歩く楽しげな人たちの様子がとても近くにみえる二寧坂ハウス。開放的すぎるほどの客室。しかし手前が坪庭のようになっているせいか、あるいはインテリアデザインの妙なのか、不思議とほっと落ち着ける部屋でもあると思います。私たちはくつろいでから周辺を散策することにしました。特になにかをするわけでもなく祇園のあたりまでふらふらと。それはなにげなく、それでいて贅沢な時間でもあります。

昨今の情勢のせいか、閉まっている店も多い中で、ふらりと入ったわらび餅の店。すっかり忘れていたのですが、そこはもう10年以上前に旅したときに入って、感動した店だったのでした。急な階段のある独特の店構えと特有の食感のわらび餅の味わいに触れた途端に、急に記憶が鮮明に蘇ってきたのでした。もう戻ってはこないその時間を切なくも愛おしい気持ちで振り返っていました。おそらくいまこうして喫茶している時間も…

しだいに西の空が赤から深い青色へと変わってきました。

パークハイアット京都はとても素晴らしいホテルだけど、八坂は鉄板焼きでちょっと重いし、京大和に行くほど畏まった気分でもない…かといって京都ビストロでは軽すぎる。そんなことを話していて、思いついたのがリッツ・カールトンの和食「水暉」でした。水の流れや石垣がじつに立体的な細いエントランスを抜けて、ホテルのロビーに向かいます。こちらもまたじつに心ときめくアプローチだと思います。ホテルの入り口は、その世界観の入り口でもあると個人的には思います。

和食を食べているとき、それはフランス料理を食べているときの心構えとは、なんだか少し違うような気がします。やはり土地に根ざした料理というのは、それが高級なものであったとしても、他所行きな心地持ちにはならないのかもしれません。いや、これは、あくまでも私の完全なる主観ですが、しかしその安心感が会話を弾ませ、食材の美味しさにより素直になれる効果を生むような気がします。果たせるかな、素直に安心して食事を味わっているうちに、この日、何を食べたのか忘れてしまいました。美味しかったこと、居心地がとても良かったことは妙に記憶に残っています。今度行くときはしっかりと記憶したいものです…そう言いながら、きっとまた忘れてしまう。水暉、あるいは、このホテル全体にもそういうあたたかい夢のような雰囲気があるように思えます。それはパークハイアット京都とはまた違った趣の京都らしいラグジュアリーホテルの姿なのかもしれません。

酒粕の香りのバスミルクを入れて、ゆったりとした入浴のとき。すっかり静まり返った二年坂。昼の華やいだ雰囲気とのコントラストがまた楽しい。パークハイアット京都で過ごす夜の時間。更けていく時間がなんだか緩やかに感じられます。もちろんモダンな空間にいるのだけれど、きっと、この静けさに漂う独特の雰囲気は1000年前も変わらなかったのではないか。そんなことを思いながらやわらかなベッドで眠りました。

朝早く目が覚めて、眠い目をこすりながら、靄のかかった空の下の八坂の塔を眺めます。程なくして京大和の朝食が部屋に届きました。玄米茶とふわりと一文字の炊き立ての白米。朝はそれぞれのホテルらしさをとても感じられる時間だと個人的には思うのですが、伝統的なこの街の朝の静けさ、そしてこのこだわりの朝食を食べながら過ごす時間は、まさにパークハイアット京都らしい時間と言えましょう。食後もしばらく窓辺を眺めながら、ゆっくりと余韻に浸りたい。いつもそう思います。

今日はこれから東京まで運転しなければならない。そのことを意識の奥底に沈めてしまうような優雅な時間の流れがここにはあります。チェックアウトの時間いっぱいまでゆっくりしよう…

やや小雨の降る中、スタッフに見送られてホテルをあとにします。良い滞在だった。いま振り返りながら思います。そろそろ京都にも春らしいあたたかさが訪れ、萌黄色がそこかしこに見られる頃でしょうか…桜が咲く頃にはきっとひときわ華やかになるのでしょう。そのときに京都の地を訪れることが今年は叶いそうにありませんが、それでも、春待つ空気を感じられる滞在ができてよかった。こうして今日も私は次の旅への想像と過去の旅への記憶をかたわらに気忙しい年度末を過ごしているのです。

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