客室にギターやレコードプレーヤー、古着を集めたパッチワークに彩られたロビー。クラシカルなホテルしか知らない人からみたら卒倒するようなフランクなスタッフたち…最近では増えてきたライフスタイルホテルですが、やはりここは突き抜けて個性的だと思わずにはいられません。京都の地下鉄烏丸御池駅に隣接する新風館。2020年、古い建物の質感を残しつつもリノベーションしたこの場所に、日本初のエースホテルが開業しました。
このホテルは音楽やカジュアルファッションという要素を生かしつつ、重厚感ある新風館と、どこか京都らしい「和」の雰囲気も感じさせる新築部分とで構成されています。今回はそのうち、隈研吾の設計による新築側の部屋に滞在してきたので、そのときの様子をリポートしてまいります。
チェックイン
新幹線で京都駅に降り立つと、ちょうど梅雨が明けたばかりのこの街は、異様なほどに高い温度と湿度であっという間に体力を奪われてしまう。そこでタクシーを利用して直接ホテルに向かうことにしました。まだホテル自体の知名度は高くないのか、行先は烏丸御池の交差点の近く、新風館に隣接しているということを伝える必要がありました(チェックイン後に外出したときも同じように行先を伝えました)。
エントランスに着くと、じつに丁寧な歓迎の挨拶。このときランチの予約を入れていたこともあって、荷物を預けてあとでチェックインすることを伝えてから、ホテルを後にしました。
ランチから戻ってきていよいよホテルにチェックイン。エントランスを入ると、パッチワークがかけられた壁や高い天井にダイナミックに木材や入り組んだ電球色のライトが展開しており、いかにも新しいライフスタイルホテルを感じさせられます。奥の方に見えているのは、これも日本初上陸のスタンプタウンコーヒー。
コーヒーを購入したら手前側のホテルのロビーラウンジで飲むこともできます。またスタンプタウンコーヒーのエントランスの横にはこのホテルの名物のひとつである「プリクラ」が置いてありました。
ホテルオリジナルのグッズなども売っているチェックインカウンターは、どことなくセレクトショップのカウンターのように錯覚しそうになります。じつにフランクでフレンドリーなスタッフは、軽い世間話やホテルの魅力を会話に盛り込みながら、スムースにチェックインの手続きを進めてくれました。このあたりのバランスの良さは見事なもので、いきなりこのホテルのファンになってしまいました。
エレベーターホールのインテリアもかなり独特。ついネオンサインのポーズを真似して写真を撮りたくなります。
デザインの面白さはたとえばエレベーターのボタンにも生かされていて、階数ごとに色を変えていて、とてもポップな雰囲気。今回は特にスタッフのエスコートはなかったのですが、導線はシンプルなため迷うことはなさそうでした。
スタンダードキング
新しいホテルというのはわくわくするものですが、エースホテル京都のエントランスからすでに目一杯に醸し出される「アクの強さ」は、客室への期待を高めるのに十分すぎるほどでした。今回の客室はスタンダードキング。このホテルの標準的な客室ですが、逆にいえば、そういう部屋こそ最もそのホテルの要素を感じさせるものだといつも思っています。
ドアを開けると非常にシンプルな色合いながらも、ライフスタイルホテルならではのひねりを感じさせる空間。窓沿いにポップな柄の座布団と一緒にレコードプレーヤー。もちろん実際に音楽をかけることもできます。レコードのチョイスもなかなか興味深く、特に60年代に京都で活躍したフォークシンガー・岡林信康のライブ盤が置いてあったのには驚きました。
鮮烈な赤に抽象的な一つ目人間?が描かれたタペストリーが印象的ですが、もうひとつ個人的に特筆すべき点はベッドの寝心地の良さでしょうか。シンプルなベッドなのですが、ふわふわとしていて気持ちよく、シーツの手触りもとても良い。価格帯としてはミドルクラスレベルなのですが、ラグジュアリーホテルと比較してもまったく遜色のない心地よさは素晴らしいと思います。また天井もそれなりに高く、部屋の大きさはそれほどではないのですが、圧迫感を感じさせず、むしろそのサイズ感すらも心地よく感じるものとなっていました。
バスルームは独立式。円形のミラーが印象的なベイシンは木材が多用されていて落ち着く雰囲気。対照的なバスルームは直線的かつオフブラックがすっきりとした印象を与えるもので、全体としてのメリハリが効いている印象です。バスアメニティはヘアケアブランドであるukaがエースホテルのために特別にアレンジしたもの。ボタニカルな香りとさらりとした洗い上がりが素晴らしいと感じました。
なおハンドソープのサイズはかなり小さく、歯磨きはチューイングタブレット、というように、アメニティの分量に無駄がでないような工夫がされていました。サステナビリティが叫ばれる時代の要請の応えようとしているのでしょうか。このあたりは好き嫌いが分かれそうです。個人的には、最初は違和感がありましたが、実際には1泊だとちょうど良い分量だとは思いました。
エースホテルは音楽を重要な要素として取り込んでいることで知られていますが、客室にもこのようにEpiphoneのギターが置いてありました。チューニングも済ませてあり、演奏することができるようになっています(とはいえ劇的な熱唱などはしないように)。軽やかなこの客室の雰囲気にも溶け込んでいるし、なによりも楽しい。私がこれまで滞在してきたホテルの中には、ピアノが客室に置いてあるということもありましたが、このようにギターが置いてあると、カジュアルながらお洒落で楽しい雰囲気がでて、ある種の可能性を感じさせられました。
コンプリメンタリーのミネラルウォーターは「JUST WATER」という直球的な名前。ボトルのデザインもシンプルでありながら、環境に配慮され、さらにこの部屋全体の雰囲気にもよく合うようになっていると思いました。本当に細部に至るまでデザインのこだわりを感じさせられるホテルです。
世界観づくりを追求していくとだんだんと煩くなってしまいそうなものですが、このホテルについては、こだわりをそこかしこに感じながらも嫌味がない。このあたりのバランス感覚も見事なものだと思いました。
メキシカンディナーをPiopikoで
エースホテル京都の面白さはとても一度だけの滞在で語り終えることはできそうにありませんが、ほんの一部分を取り上げてみるだけでもその面白さは伝わるのではないでしょうか。たとえばそれはディナー。フレンチやイタリアン?あるいは京都らしくモダンな和食…?
このホテルのダイニング「Piopiko」が打ち出しているのは、カクテルとそれに合うモダンタコス。メキシコ料理の代表的なもののひとつであるタコスに独自のアレンジを加えたものを提供しています。
ホテルの2階に位置するPiopikoは、ロビーエリアのある1階から3階まで連続した空間になっています。天井は高く、窓の外には古い新風館の建物。様々な形状の椅子が並び、ところどころにブロンズ(ゴールドではないところがまた面白い)があしらわれていて良いアクセントになっています。スタッフのユニフォームはブラック。フロントやベルデスクのスタッフと同様に、非常にフランクな印象を持ちました。
スモーキーな香りをつけたマルガリータやボタニカルなジントニック。そして京野菜を大胆につかったタコスやトスターダ。全体的にアップテンポなホテルに、このように刺激的な料理を食べて、気分が高揚しないはずがありません。勝手なイメージで京都のホテルというと高雅な落ち着きとか、日本的な柔らかさといったことを感じさせる方向性が強いように思うのですが、ここは完全に異質です。その異質さがしかし不思議と溶け込んでしまっている。だんだんと感覚がわからなくなってくる。そういう体験がこのホテルの本質的な部分にあるような気がします。
ルーフトップバーで朝食を
心地よく酔いがまわり、気持ちのよいバスタイムを味わうと、そのままベッドに…と思いきや、高まった気持ちを消化するためには少し夜更かしをしてしまいました。夜もかなり更けてからベッドに入り、そのままようやく眠りにつくことができました。翌日朝日が部屋に差し込むと、なんだかとても穏やかな朝。簡単に身支度を整えてから朝食に向かいます。
今回滞在した客室は3階に位置していましたが、朝食を提供しているのも同じ階のレストラン「Mr. Maurice’s Italian」です。このレストランは釜焼きピザなどを楽しむことができるイタリア風アメリカン・オステリアですが、奥の方にはルーフトップ席があります。ダークグリーンとブルーが印象的なデザインのテーブルセット。コンチネンタルブレックファーストには、質の高いチーズやハム、フルーツに加えて、ざくざくとした雑穀が美味しいミューズリーとシナモンロールがついてきます。粒入りのフレッシュオレンジジュースの味わいも高く、またコーヒーも飲みやすい。
夏の京都らしくクマゼミの朝の大合唱(個人的にはセミが苦手なのでこれはじつは軽く恐怖もありますが)を聴きながら、まださほど暑くならない外の風を感じながらの朝食はやはり気持ちが良いものです。
チェックアウト
ゆったりとした朝食を取ってしばらく休憩。規定のチェックアウトは12時。もうしばらく時間がありました。
チェックインのときにエントランスに自転車が置いてあったことを思い出して、階下に降りてきました。フロントのスタッフに聞いてみると、貸し出しを行っているとのことで、朝食後の軽い運動をかねて、鴨川沿いをサイクリングすることにしました。せっかくなのでホテルのTシャツを買って(デザインがなかなかよいのです)、すっかりホテルに染まったような出で立ちで自転車を走らせます。日が昇るにつれてだんだんと暑くなってきて、いよいよ汗をかなりかいたのですが、それもまた夏を感じるとても気持ちのよい記憶となりました。
ホテルに戻り、自転車を返却したら、ロビーに隣接するスタンプタウンコーヒーに立ち寄りました。エアコンの風がひんやり気持ちよく、専用の機械で入れてくれるアイスアメリカーノが気怠さをすっかり取ってくれるような心地がしました。また酵素とジンジャーの風味が健康的なアイスコンブティー(決して昆布茶ではない)も美味しい。ほっと一息ついて体力を回復させたら次の目的地に向けてホテルをあとにしましょう。
チェックアウトを担当してくれたスタッフもとてもにこやかで楽しい方でした。領収書と一緒にデザイン性の高いカードキーもお土産としてホテルの封筒に入れてくれました。ここエースホテル京都の滞在は最後の最後まで気持ちよく、爽やかで、刺激的でした。魅力的なホテルが続々とオープンしているこの地にまた好きなホテルが増えました。今度はこのホテルの新風館側のクラシカルな部屋にも泊まってみたいものですね。