【リッツカールトン日光宿泊記2021】中禅寺湖は冷涼の春、男体山を望むラグジュアリーホテルにて

日光を見ずして結構と言うなかれ。ここは二荒山を擁する古くからの霊場であり、壮麗なる東照宮でも知られた場所。その美しい佇まいを見ずして建築は語れないという諺が古くから伝わっています。その日光に2020年の夏に開業したのがザ・リッツ・カールトン日光。栃木県内初の外資系ラグジュアリーホテルであると共に、言わずと知れたマリオット系列の最上級ブランドホテルです。ホテル好きであれば、現代の「日光見ずして…」は、このホテルのことを指すと言っても差し支えないのではないでしょうか。

東京からそれほど遠い距離にあるわけでもなく、古くから世界に知られた観光地でもある日光。しかしパートナーも私もこれまでこの地に足を運んだことはありませんでした。しかしリッツカールトン日光の開業は、まさにこの地を訪れる大きな誘因でもあり、しばしばTwitterでも目にする数々のホテルの魅力を前に、いよいよ気持ちは中禅寺湖の方へと向けられていました。

春深まりゆく4月下旬の東京。平日に休みを得て、ついにこの日光のラグジュアリーホテルを訪ねる機会を得ました。今回はそのときの様子についてリポートしてまいりましょう。

いろは坂を超えて〜チェックイン

早朝に目を覚まして、パートナーと共に車で首都高から東北自動車道を北上します。日光宇都宮道路に入ると、長閑な田園風景と美しく開く桃色の花。段々と時計の針が過去へと戻っていくような気持ちがします。都心よりも気温の低いこの地はまだ春が訪れたばかりのようでした。

昼過ぎくらいに日光の市街地に到着すると、まずは当地の名物の湯葉料理を頂くことにしました。木漏れ日の綺麗な林に佇む古い日本建築の下で湯葉御膳を頂きます。少し訛りのある高齢の店員さんがなんとも味のある雰囲気でした。

食事を済ませた後には、少し周辺を散策することに。壮麗なる東照宮、日暮れまで眺めてしまうとして知られる陽明門。金欄のような建築美に見惚れる一方で、有名な三猿や眠り猫などを前に歓声を上げながら写真撮影に興ずる社会科見学の高校生たち。長い階段を登っていきながら、漏れ伝わってくるその高校生たちの会話は、話題こそ今のことながら、根本的なノリの部分は、私たちが彼らと同じくらいの年頃だったときとそんなに違うものではないように思われました。そんな様子を微笑ましくパートナーと眺めていました。

東照宮をあとにして、パートナーのリクエストで人形焼を買ってから、いよいよ神橋を超えて、山道を進みます。スポーツモードに入れて山間を走り抜けていく快感はなんともいえないものです。急カーブが連続するいろは坂を過ぎて、明智平のトンネルを抜けると、いきなりそこにホテルの入り口が。パートナーが「あっ!あそこ!」と言わなければうっかり通り過ぎてしまったかもしれません。

スタッフに誘導されてエントランスに車を横付けします。バレースタッフに鍵を預けて、車を預かってもらってチェックインに進みましょう。石と木を主体としたダイナミックなデザインのエントランスを抜けると、中禅寺湖を前にした明るいロビーラウンジが見えました。

チェックインの手続きはこのロビーラウンジで行うのかと思いきや、基本的には、客室内で行うようです。しかしちょうどラッシュの時間帯に重なってしまったためか、ロビーでしばらく待つことになりました。用意されたノンアルコールのスパークリングワインを飲みながらしばらく中禅寺湖を眺めます。混雑していてそれなりに長い時間待たされていたのですが、それほどぎすぎすした感じがしないのは、この開放的な雰囲気のせいでしょうか。ただし個人的にはシームレスな案内が困難なのであれば、客室でのチェックインにこだわらずに、ロビーで行ってしまった方が効率的ではないかとも思ってしまいました。

それにしても、周辺は割と閑散としているのに、このホテルの中だけはとても賑やかな感じがしました。しばらくして準備ができたようで、スタッフにエスコートされて4階の部屋に向かいました。

男体山ビューの客室

まだまだ新しい建物の匂いのする廊下を抜けていきます。

扉を開いて、靴を脱いで、部屋に入ります。木材が多用されていて暖かみのある落ち着いた雰囲気の客室です。例えば、大阪や東京のリッツカールトンのような絢爛なイメージとは異なりますが、和のエッセンスや山のナチュラルな要素を持ちながらも、あくまでも洗練された世界観に仕上がっているのはさすがだと思わされます。

天井も高くて、ベッドはふわりとした寝心地。奥には程よい広さのリビングスペースがあり、その向こう側のフルハイトの窓を開くと、開放的なテラスとなっています。

ベッドルームの反対側にはウェットエリア。右と左に分離された形式のダブルシンクとなっていて、使い勝手は抜群に良いです。バスローブの掛け方や収納家具の配置をそれぞれ取り上げてみても、このホテルのセンスの良さを感じさせられます。

バスルームはビューバスタイプとなっています。窓を開けることはできませんが、開放感も広さもまったく申し分のないものです。バスアメニティはAspreyのパープルウォーター。リッツカールトンではよく知られた上品で高級感のある香りですね。また良い香りというつながりで、窓の方に置かれた石造の容器の中にはとても爽やかな香りのバスソルトが入っていました。

男体山ビューの名前の通り、窓の向こうには厳たる霊峰の姿を望めます。テラスの下の方には清い流れの大谷川。静かな流れのように見えて、その僅か先でもの凄い華厳の滝に至るということが、すぐにはイメージできないほどでした。

山の空は快晴。窓を開くと、二荒おろしとも男体おろしとも言われる、冷たい風が吹いてきます。東京から3時間とかからない距離にもかかわらず、春から冬へと逆戻りしたような気分になってきます。

木目のおしゃれなカードキー。そして細工の施された木箱の中にはウェルカムフルーツのいちご。彼女も私も窓の外の空気を感じながら山奥に来たことを確かめて、部屋でしばらくほっと一息。ちなみにこのときディナーの予約ができないことが判明。もともとは中庭にあるレークハウスで食事がしたいと思っていたのですが、人気ですでに満席とのことでした。和食レストランはまだ少し席が空いているようでしたが、結局、我々はルームサービスをお願いすることにしたのでした。

夕暮れから夜へ〜温泉露天風呂とルームサービスでのディナーと

どこかに出かけるわけでもなく、ホテルの中を歩くわけでもなく、ふたりはただ部屋のソファで外を眺めたり、話をしたり、ゆったりとした時間を過ごしていました。

ふと気づくともう日はだいぶ傾いていました。再びテラスに出てみると、着いた時よりもさらに冷たい風。真冬のように澄んだ空気の中で、中禅寺湖の奥の山の彼方へ沈んでゆく太陽が空を茜色に染めていきました。このとき山の夕暮れの淋しさをさほど感じなかったのは不思議。なんとなくロマンティック。夕暮れとはかくあるものなのかもしれません。

部屋を出て、このホテルの特色のひとつといえる温泉露天風呂付き大浴場を擁するスパ棟に向かいます。エレベーターを降りると、先ほどまでの喧騒はどこへやら、すっかり静かになったロビーラウンジ周辺。バーカウンターにはカップルがひと組だけ静かな夕暮れのひとときを過ごしていました。

ロビーラウンジはすっきりとした雰囲気。客室とも同じ暖かみのあるインテリアコードの空間に飾られた水墨山水。モダンでナチュラルな雰囲気。ふたりは少しだけ昨年の秋に訪れたJWマリオット奈良のロビーを思い返していました。もちろん両者ともそれぞれの個性があるのですが、なんとも落ち着く感じにはどこか共通点があるように思われたのでした。

渡り廊下を通ってスパ棟に向かいます。風は冷たく、針葉樹が寒さを増長するような気がします。個人的には、渡り廊下というと温泉旅館を彷彿とさせるのですが、リッツカールトンの洗練されたエッセンスがあって興味深いです。それは懐かしさのようでもあるし、新しい体験のようでもある。リッツカールトン初の温泉大浴場ということはもちろんそれ自体新鮮なのですが、個人的には、この渡り廊下に妙な「新しさ」を感じてしまいました。

スパ棟の大浴場の手前にはこのような休憩スペースがあります。湯上がりにはここで待ち合わせをしよう。パートナーと示し合わせて、お互いに温泉でのバスタイムを満喫することにしました。石が多用されたモダンな雰囲気の大浴場には硫黄臭のある温泉が湛えられていました。露天風呂は乳白色に濁り、さらに濃度が高い。そして遮るものなくただ中禅寺湖の空が見えるだけ。こんなに気持ちの良い露天風呂は久々です。温泉地に行ったとしても、必ずしも大浴場には行かずに部屋のお風呂で済ませてしまうこともある我々ですが、ここは是非ともこの温泉露天風呂に浸かりに行きたい。ここに来るためだけでも再訪の価値があるとさえ思ってしまったほどです。

ちなみに洗い場に用意されているのは部屋と同じAspreyのバスアメニティ。いわゆる温泉大浴場とリッツカールトン。その不思議な一致は、とても豊かな気持ちになるバスタイムとして結実することは間違いありません。

夜の部屋でルームサービスのディナー。私はクラブハウスサンドウィッチを頂くことにしました。ベーコンがとても肉厚でリッチな味わい。フレンチフライを食べきれない程度には満腹になってしまいました。しかしその油分が思ったほど後を引かなかったのは素材の上質さゆえでしょうか。

食後には部屋で改めてバスタイム。風呂上がりにふとPPMの「500miles」を聴きたくなり、部屋のスピーカーで流してみました。この曲は前にパークハイアットニセコに行ったときに聴いていた曲でした。無意識なのか、あるいは、意識的だったのか。あのときは山の景色の寂寞感にさいなまれたのですが、今日はなんだかあたたかい気持ちで山の夜を過ごしています。パートナーはそんな私の心持ちを知ってか知らずか、いつもの穏やかな笑顔で、今日あった出来事をあれこれと私に語りかけていました。

それなりに長い距離をドライブしたせいもあってか、心地よい疲れのなかで、リッツカールトンらしいふかふかのベッドで静かに就寝。

中禅寺湖を渡る風、朝食、そして会いたかった人と会う

翌朝、目が覚めて外に目をやると、男体山の厳たる姿が一段と際立って見えました。

いつもより少し早い時間の朝食。我々は中禅寺湖を見渡す窓側の席に座る幸運を得ました。ぼんやりとした日の光がだんだんと強くなってくると、それに応じるように湖畔の木々や緑も鮮やかな色合いを放つようになってきます。ときどき大きく揺れる木の枝の様子が、湖を渡る風の強く吹き付けていることを裏付けていました。もっともホテルの中はその強風が嘘のように優雅な時間が流れていました。

朝食はセットメニューとなっていますが、ミューズリーやヨーグルト、そしてコーヒーミルクなどは簡単なブッフェ形式となっていました。甘党の私はすっかりこのコーヒーミルクに満悦してしまいましたが、それ以上に、ヨーグルトやヴィーガンパンナコッタの優しい味わいは特筆すべきと言えましょう。
いよいよセットメニューが運ばれてきました。パートナーは和食、私は洋食を選ぶことにしました。木箱を使った綺麗なプレゼンテーションが見事。海老原ファームの新鮮な野菜に、ローストビーフや日光サーモン、そして産地に徹底してこだわったという卵で作るスクランブルエッグ。これも綺麗に並べられた立方体の食パンにはリッツカールトンの焼印。コーヒーの香りも豊かに、美しい中禅寺の湖水を眺めながら、鮮やかな朝食を味わえることはなんとも贅沢なことのように思われました。
朝食を終えて、清々しい朝の湖畔を眺めていたら、外を歩いてみたくなりました。ロビーラウンジ横の扉からテラスに出て、そのまま中庭を抜けて、ホテルの敷地の外に出てみました。
日光の二荒山神社の中宮祠がまさにリッツカールトンのあるあたりなのだということを後で知りました。また男体山の古名が二荒山であることも。湖畔を歩こうと思ったのですが、風が強すぎて断念。その代わりに車で中禅寺湖の周辺をドライブすることになりました。秋の紅葉の頃には周辺の山が綺麗に赤や黄色に染まることでしょう。またこれほど涼しいのであれば、夏であっても爽やかな気候なのではないかと思われました。
中禅寺湖周辺には各国の大使館が別荘を構えているのですが、それも納得できるような気がしました。
写真は三猿バージョンのリッツカールトンライオンです。
それとこれとはまったく関係ありませんが、この日の昼前くらいのこと、じつは我々はある人と会う約束となっていたのです。それはTwitterを通じて交流のあるトンコツKさん。以前から、もしかしたらどこかのホテルで会えるかもしれない、もし会えたら嬉しい…そんなことをパートナーも私も思っていた方だったのですが、ついに同じ日にチェックインしていることがわかり、急遽、連絡を取って会うことにしたのでした。
交流があるとはいえ初対面。彼女も私もちょっと緊張しながら、会えるときを楽しみにロビーラウンジで待っていました。しばらくして、軽快で上品かつ優しげな雰囲気の人が我々の方に歩いてきました。それに気づいたパートナーが「あっ!はじめまして!」と声をかけました。
トンコツKさんはTwitterで交流している雰囲気そのままの柔和な方でした。なんだか古くからの友人に久々に再会したかのように、淀みなく続く会話が楽しく、しばし時間が経つことも忘れて、お互いのこと、好きなホテルのこと、色々と話し込んでしまいました。
まだどこかでお会いましょう。そのように再会を誓い合ってトンコツKさんとわかれました。それがいつどこの空の下になるのかわかりませんが、きっと実現するでしょう。これまでにお会いすることができた方たちも、これからお会いしてみたい方たちもそうですが、いずれにしても、こうして、ホテルという軸を通じた交流が持てることの幸せは本当に素晴らしいものだと思います。

ホスピタリティは失敗から?チェックアウトと再訪への想い

そうそう、本来であれば、このホテルのチェックアウトもう少し早い時間であったはずなのですが、我々は訳あって夕方くらいまでこのホテルにとどまることになりました。詳細は語りませんが、簡単に言うと、ホテル側のミスで、我々の荷物がどこかに無くなってしまったのです。そこでホテルのスタッフからの提案で、その無くされてしまった荷物を見つけ出すまでの間、ホテルで待機することになったのです。

そんなわけでまず前日に行きそびれたレークハウスでランチを取ることになりました。随所にボートのモティーフが散りばめられた軽快なインテリアの空間でいただく新鮮ないちごを使ったブラータ。内容としては軽めのものでしたが、料理の質も高くて、とても満足できるものでした。食後にフロントのスタッフに聞いてみると、我々の荷物はまだ見つからない。私もちょっと困ったな、と思いつつも、普段ないような旅行中のトラブルがなんだか面白く思えてきて、パートナーと一緒に「いつかこれも笑い話になるだろうね」などと話していました。
それからホテルからほど近い華厳の滝も見に行ってみようということになりました。申し訳なさそうな表情をいっぱいにしたホテルのスタッフが、大した距離でもないのですが、ホテルの車で近くまで連れて行ってくれました。ホテルのすぐ近くを流れていたあの穏やかな流れの大谷川が、一気に断崖の落差を流れ落ちていく瀑布のものすごさに圧倒されて、パートナーも私も、足早に滝からホテルに戻りました。
もうすぐ夕方。さすがにそろそろ東京に戻らないといけないけれど、依然として荷物は見つからない。彼女も私もなぜか笑ってしまいました。
事態の詳述は避けますが、ホテルのスタッフは誠心誠意の謝罪をしてくれていたし、その後の対応もとてもしっかりしていました。これは私の完全なる主観ですが、どんな人であっても失敗はしてしまうのだから、失敗すること自体は仕方がないし、責めるようなこともないと思います。ホスピタリティ(それ自体とても主観的なものとは思いますが)を測る基準があるとしたら、失敗をいかにリカバリーするかにかかっているようにも思えるのです。
大切なものを無くされてしまって、それ自体はあってはならないことなのですが、それでも我々はこのホテルをぜひまた訪れたいと思いました。厳しい視点からみたら他にも小さなミスは散見されるものの、とても心のこもったもてなしを提供しようとしている姿勢が随所に窺えたのです。もしかしたら新しいゆえの様々な困難もあるのかもしれませんが、これからの成長が楽しみだし、応援したい気持ちにさせられるホテルでした。
いろは坂を降りて、関東平野を南下して、東京の街へと戻っていくその時に、心はすでに中禅寺湖のほとりで過ごした穏やかな時間にありました。次にいつ来られるのかはまだ分かりませんが、素晴らしいホテルで過ごしたパートナーとの楽しい思い出、会いたかった人との出会い、そして、失敗への対応から感じ取られたホスピタリティ。思い返せばどれもが満ち足りたものだったと思うのです。
もしもまた泊まっていただけることがありましたら、必ずや満足していただけるおもてなしを提供いたします。荷物の補償に関する話し合いをしたうえで、主担当のスタッフがそのように言いました。
きっとそうだろう、という根拠のない確信がありました。
また来ますね…そのようにマネージャーに声をかけて、ホテルをあとにするときに、背後から「カン」と心地よい鐘の音。
安全な旅路を願い、再びの来訪を待つその響きがいまも妙に心に残っています。
フォローお待ちしています