スクリーンの向こう側に2〜どこにもいかないGWを過ごす

読者の皆様はお元気で過ごしていらっしゃるでしょうか。

私は外出せずに仕事を続ける日々ですが、現在の社会情勢の影響を受けて、ときに厳しい状況に直面することもあります。同時に、すっかり外出ができないとなると、いきおい様々なことに対する意欲がなくなってしまって、これではよくないなと思って、小さな目標をその日その日に掲げて、それを達成することによるささやかな自己統御の喜びを覚える毎日を過ごしています。そんなときに、自分にとって「旅とは」とか「ホテルとは」とか、そういった問いかけを反復してみると、これまで自由にできていたことが、切ないほどに愛おしい気持ちになってくるものですね。

そう、愛おしいとは、「いと惜しい」ということ、すなわち「ぜったいに失いたくない」こと、それなのだという認識を新たにします。生きているという実感は、ある意味で執着にも似た、この感情に下支えされているのではないでしょうか。

10年前の写真が出てきた

家の中で過ごす時間が増えてくると、つい部屋の掃除をしてしまいます。そのときにせっかくだからと古い写真の整理をしていると、しばらくむかしに撮影した写真なども出てきました。人はしばしば時間の流れを10年でひとつの区切りとするものですが、紛れもない10年前のちょうど春先からこのGWの時期にかけて撮影した写真を見つけ、眺めていると、ささやかだけれど、確かにいまとは違う風景に触れることができました。

香港国際空港にて収めたキャセイパシフィック航空のB747-400。徐々に同機の退役が進んでいたころでしたが、まだ搭乗の機会も少なくはありませんでした。いまとなっては貴重な体験ですが、成田空港まで2階席にヘリンボーン式に配置されたフルフラットビジネスクラスシートにゆったりともたれながら帰国したのでした。

このときはまだ存命であった祖父も一緒で、ペニンシュラのプールサイドからビクトリアハーバーを眺めていた夕暮れを思い起こします。香港には魅力的なホテルが数多くありますが、やはりこちらに戻ってきたくなってしまうのは、(もちろんホテル自体の雰囲気がとても好きというのは言うまでもありませんが)このような豊かな思い出が私を惹きつけるからなのかもしれません。

いまの場所に引っ越す前に暮らしていたところへと続く道からは、東京スカイツリーの建設現場がよく見えたものです。いまは新型コロナウイルス禍の克服への願いを込めて夜毎に青い光に照らされていますが、あの頃は日毎に空へ向かって伸長している様子を見て取っていたことを思い出します。いまより少しだけ長閑な雰囲気のあった春風を受けて、墨東の川辺を散歩しながら、なにか東京という街が変わってきていることを感じていました。

いつの日かこの高い建物も完成する、街もその姿を変える。ここで詳しくは語りませんが、10年前のこの頃はそのときはそのときなりの鬱屈した状況を私は抱えていました。そうしたなかで東京の変化を投影させながら、きっといつの日か自分にも何か変化が訪れる。そんなことを考えていました。

「待つ」ということについて

私は太宰治の非常にみじかい短篇小説『待つ』という作品が好きなのですが、そのなかで、誰でもない少女が、なにものかを待っているのです。考えてみれば、「待つ」という行為には、必ずその対象があります。それが恋人なのか家族なのか、あるいはそれ以外の誰かなのか。それとも物なのか、あるいはなんらかの報せなのか。それがなにかは分かりませんが、少なくとも、その待っている対象が現れることではじめて「待つ」という行為が終了します。

待つということは、極めて、自分以外のものに依存しているのです。

鬱屈した日々を送る私はつい何も変化のない日々を憂いたものでしたが、それは大きな変化にばかり目が行っていたからなのだと今は思います。待つということが他者に依存するならば、その他者の捉え方を変えてみればいい。小さな変化をひとつひとつ考えてみて、それを後から振り返ってみると、思いがけない大きな変化を経験しているものです。

私は半年前の日記を読み返して、いまとの違いを確かめて、半年先の未来を想像してみました。するといまの目の前の現実がなんとなく相対化されるような気がしたのです。非常に厳しい状況が続いていますが、いまこそ「待つ」ということのあり方を考え直したいと私は思っています。

10年前の写真をみたり、いまの情勢のことを考えたりしながら、やはり小さな変化に対して敏感になっておきたいということを改めて感じたものです。作りかけのスカイツリーもキャセイのボーイング747も、もちろんそれ以外の多くのことも、いまはもう取り戻せるものではない。翻って、やはり、やらないで後悔するということがないようにしたいものだと改めて思います。

どうぞ健康にお過ごしください。

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