ザ・ひらまつ京都(THE HIRAMATSU 京都)宿泊記〜ひらまつホテルズ初の都市型和モダン空間に逗留する

京都の市街地に逗留するという言葉には、特有の心躍る響きがあります。それはこの街の賑わいに触れることや見知らぬ路地にある素敵な場所の発見へと開かれています。そしてもしその逗留を素晴らしいホテルで行うことができるとすれば、それを逃す手はありません。

1000年の都として、日本国内のみならず世界中の人々を魅了する京都には、近年では数多くのラグジュアリーホテルが進出してきて、素晴らしい宿泊体験を可能にしています。東京や大阪などに比べても、日本的なものを全面に打ち出しやすい街全体の雰囲気に加えて、観光地という性質が強く、かなり凝ったつくりでホテルの世界観を演出しやすいせいもあるのかもしれません。

フランス料理の「ひらまつレストラン」をはじめとして、全国に数多くの魅力的なレストランを展開しているひらまつグループは、近年、ラグジュアリーなオーベルジュをテーマとしたホテルを数軒開業させてきました。いずれもこれまであまり大きなホテルチェーンが注目してこなかったような場所に、快適な宿泊施設と美味しい料理をもって新しい魅力を創出してきた同グループが、2020年の3月18日に京都の烏丸御池に程近い室町通沿いにオープンさせたのが「THE HIRAMATSU 京都」です。

もともと注目していたこともあって、私は開業当日に早速こちらに滞在してきました。今回はこのひらまつグループとしては初めての都市型ホテルの世界観や魅力はどのようなものであったのかについてリポートしてまいりましょう。

チェックイン

私は京都駅に降り立つと、大抵の場合は、タクシー乗り場に向かう傾向が強い気がします。しかし今回は久々に乗る京都市営地下鉄烏丸線。古都らしい音を響かせて列車が到着し、そのまま北へ北へ、五条・四条と停車して、烏丸御池駅で下車します。広い通りから昔からの区割りの残るような路地を抜けて、室町幕府の名前の由来となった室町通に至ります。ほんのわずかの距離を歩くと、今回の滞在先である「THE HIRAMATSU 京都」が見えてきます。

周辺は住宅なども多い閑静な地域。ひらまつ京都の建物もあくまで主張は控えめに佇んでいます。玄関のそばまでくると、スタッフがにこやかに私を建物の中まで迎え入れてくれて、ひとこと、私がこのホテルの記念すべき第1号のゲストであることを伝えてくれました。まだ他のゲストの方がまったくいなかったため、スタッフは総出で出迎えてくれて、僅かな緊張感と溢れるホスピタリティを示していました。

香木のような優しく品位ある香りの漂うロビーエリアに座ると、対面にはこのホテルのメインダイニングであるイタリア料理「la Luce」があります。もともとこの地に立っていた古い呉服屋の建材を生かして、その風格を残しながらも、現代的な空間に仕上げられていて、とても好ましいインテリアコード。私はここに足を踏み入れるまではもう少し暗い雰囲気なのかと思っていましたが、実際は程よく明るくて、とても気持ちよく過ごせるように思いました。

チェックインの手続きは、まろやかな粘りと上品な甘さが心に残るわらび餅に、花の香りがすっきりと抜けていく茉莉花茶と共に行います。これがとても美味しい。私が最初のゲストということもあってか、スタッフの方は次々に挨拶にきてくれて、このような世相だけれど、これからこのホテルを盛り上げていこうという意気込みに満ちた輝かしい笑顔を見せてくれました。私はその様子をとても頼もしく、また微笑ましい気持ちで受け取りました。

なお今回は残念ながら「la Luce」でのディナーの予約を忘れていて、滞在の当日は満席になっていたのですが、コンシェルジュの方が同じひらまつグループの京都にあるフランス料理店「ひらまつ高台寺」の予約をチェックインの際に取ってくれました。送迎車の代金もコンシェルジュが負担してくださるという思いがけないサービスも受けることができたこともここに記しておきたいところです。

高い天井にノスタルジックな色合いの間接照明が落ち着く廊下を抜けて客室に向かいます。フレンドリーなベルスタッフがあちらこちらの説明をしながらエスコートしてくれます。この廊下に何気なく置かれている赤い家具が、実は中国の清朝時代の祝い事に使われたものであったということ。そしてなぜ清朝時代の家具を配しているのかというと、このホテルの基礎部分になっているのが明治時代に建てられた呉服屋の建物で、当時の裕福な呉服商の間では、隣国である清の豪華な家具を飾るのがステータスであったという説明をしてくれました。

なにげなく通り過ぎてしまいそうな空間のデザインにも非常にこだわりがあり、そのこだわりがスタッフにも共有されている。その事実に私は二重に感動したのでした。

客室:スーペリアルーム

昔ながらの呉服屋の建物をそのまま利用したところから、全く別の時代を感じさせる煌びやかなブラックのエレベーターに乗って最上階へ。最上階と言っても5階なのでさほど高くはありませんが、今回はこのホテルの標準的な客室である「スーペリアルーム」に滞在することになっていました。

客室は極めてモダンなものですが、エントランスを入ると、独特の左右に細長いつくりになっていました。これは京都に数多い長屋住宅にインスパイアされたものだそうです。ベッドルームは必要十分な広さがあり、柔らかな間接照明が配された落ち着く雰囲気のインテリアコード。ところどころに淡い青色がアクセントになっているところも心地よく感じられます。

ちなみにこちらのベッドは個人的にマットレスの柔らかさも枕のふわふわ感も、すべてにおいて、最上の使い心地でした。入眠もスムースかつ、寝起きも極めて爽やか。久々にこういう眠る快感を味わえるベッドに出会えました。

ローテーブルとチェアの奥にある垂直に動く扉を開くと中にはテレビが入っています。なるべく現代的なものを隠しながらも、必要なものはしっかりと揃っている印象でした。

ただしこの客室(のみならず、おそらくこのホテル全体)では原則として障子を閉じておくことがお願いされます。もともと周辺が住宅地ということもあり、障子を開いても、窓の外には壁があります。したがって眺望はほとんど期待できません。しかし個人的にはそれはそれでこのホテルとしては悪くないのではないかとも思いました。景色のよさを潔く諦める分、客室内の落ち着いた雰囲気は強化されているように思えたからです。ただしこのあたりは好き嫌いが分かれるところかもしれません。

テーブルの上には小菓子と一緒に煎茶とほうじ茶。茶碗も温かみのある土物で、さらに鉄器が用意されているあたりもこのホテルの世界観にぴたりと合致しています。また群青色の風呂敷に包まれているのは今回の開業記念のアメニティセットで、バスアメニティの他にあぶらとり紙などが入っていました。

少しエントランスの近くに戻ると、このようにウォークインクローゼットがあります。パジャマも2種類用意されており、スリッパもしっかりとしたふわふわのもの。またネスプレッソやコンプリメンタリーのミネラルウォーターもたくさん用意されています。

なお冷蔵庫のなかはすべて無料で自由に飲みたいものが飲めるようになっています。京都麦酒や甘みの絶妙な葡萄ジュース「アランミリア」の白と赤。他にもペリエやジュースなどかなりこだわりを感じさせるラインナップとなっていて、こちらの満足度もかなり高いものでした。

バスルーム

ベッドルームとはエントランスを挟んで反対側に位置しているのがウェットエリア。やや長めの廊下によってウェットエリアとバスルームの距離を伸ばすと、独特の落ち着く印象を醸成できるのは、意外な発見でした。

バスルームのインテリアコードも基本的にはベッドルーム側との連続性の上に置かれています。もっともあちらには伝統的なアイテムが散りばめられているのに対して、こちらはかなり現代的な趣の強い空間になっているように感じられました。ダブルシンクではありませんが、スペースはかなり満足のいく大きさが用意されており、使いにくいということはありません。

ただこの客室の唯一の欠点として、トイレのスペースがバスルームとの間の狭い窪みのような場所にあって、閉塞感があるのみならず、やや使いづらいということです。もちろん些細な点ではありますが、客室全体の完成度がかなり高いだけに少々残念に思ったのかもしれません。

独立式のバスルームはかなり広々としており、黒い壁に檜の椅子が、実用性と同時にクールな和モダンを演出していました。水圧も満足のいくレインシャワーとハンドシャワーがあり、最近の国内の高級ホテルに求められるバスルームの要件を高い水準で満たしていると言えます。

アメニティの充実度もなかなかのものです。ドライヤーもハイグレードなものが置かれており、その他必要なものはコンパクトに箱のなかに収められています。タオルもバスローブも(まだ開業直後というせいもあるかもしれませんが)まるで綿でも触っているかのようにふわふわしていました。

バスアメニティにもひらまつのこだわりが光り、オリジナルの「WAZUKA」というプロダクト。こちらはグリーンティがベースノートになっている爽やかで温かみのある香りのもの。洗い上がりの質感も悪くなく非常に好ましいものです。それ以外にも美容液マスクをはじめとしたスキンケア用品や椿油なども用意されていて楽しくなります。

THE HIRAMATSU 京都を堪能する

部屋でほっと一息ついたところで、もう少しこのホテルの世界観をみてみたくて、部屋を抜け出し階下まで降りてきました。こちらのホテルは全体的にはコンパクトですが、細部に様々なこだわりが光っていることを発見することもできました。

エントランスの方に立ち返ってみると、天井が高く梁が渡してある日本の伝統家屋に行き当たります。支配人をはじめ、何名かのスタッフは雄弁にこの建物について語ってくれました。まず注目すべきは京町家らしい窓の格子であり、これは職業によって造りが異なっているもので、ひらまつ京都のこちらの建物は呉服屋であったことから、着物が最も美しく見えるような光の入り方に調整されているようです。

また天井を見上げてみると、ほとんどの柱は綺麗に更新されているのですが、最も上にある柱については昔のままに残してあり、そこにこの建物を築いた明治時代の大工の棟梁の署名が入っていました。これはこの建物の真正性を示すものでもあり、また過去の偉業に対する敬意を払う意味も込めて、このホテルの建築・デザインを監修した中村外二氏らが残すことに決めたようです。モダンなライティングに照らされたこの空間は、過去と現在が邂逅するとても素敵な場所になっていました。

エントランスの奥の方には前庭があります。この庭を作るのはかなり困難であったようで、この伝統的な建物を最新の技術で吊り上げて、趣のある岩を中に入れたそうです。また松の木も盆栽に使うようなものを程よい大きさに仕立てた特別なもの。苔むす地面に生命力溢れる木がなんとも素晴らしいものです。

ちなみにこのホテルにはもうひとつロビーラウンジやレストラン「la Luce」の方に、松ではなく竹の庭もあり、そちらは青々とした清涼感に彩られていました。

エントランスとは反対側にあるのが、このようなラウンジスペース。こちらはもともと蔵であった建物をそのまま活用しており、夜になるとアルコールやモクテルなどを堪能しながらゆったりと過ごすことができます。ちなみにこのラウンジの入り口付近には京都に関連した本がいくつも並べられていて、それらを読みながら過ごすこともできるほか、将来的にはこの建物に関連した古い資料なども並べるかもしれないとのことでした(現在のところ、この蔵のラウンジの活用法については模索中とのことです)

夜になると古い呉服屋の建物が淡い電球色に包まれて、なんとも優しげで暖かな雰囲気になります。それはこのホテル全体に漂うムードにも似ていました。私がちょっと外出するときにも穏やかな笑顔で見送ってくれて、戻ってきたときにも暖かく迎え入れてくれる。当たり前のようで、じつはなかなか難しいであろう絶妙なホスピタリティを示していて、ふらりと帰ってきたくなるホテルだなと感じました。

もちろんハードは素晴らしい。しかし眺望は無いに等しく、付帯施設もレストラン・バー以外にない。行ってしまえば「寝食」というホテルとしては最小限の設備しかないこのホテルが、それでもまた必ず戻ってきたいと思わせる最大の魅力はこのホテルに集う個性豊かなスタッフの存在と言っていいでしょう。

そう、ホテルは結局のところ、人で出来ていると思うのです。

私を客室にエスコートしながら、この街の魅力やこのホテルの魅力を明るく生き生きと語ってくれたベルスタッフ。ロビーに降りるたびに丁寧な挨拶と私のステイが満足の行くものなのかを気にかけてくれた総支配人。京都のふたつのひらまつの「ハシゴ」を的確に整えながら、さりげない気遣いを随所に散りばめてくれたコンシェルジュ。エントランスでいつも優しい表情で私を迎えてくれたレセプションスタッフ。興味津々でホテルの中をうろうろする私に軽快な冗談を飛ばしながら楽しくホテルの中を案内してくれたゲストサービスの方。そして表にはでてこない数多くのホテルを支える人々…

開業直後の混乱も特になく、とにかくゲストを満足させたいという気概をここまで感じさせられる滞在もそうそうあるものではありません。このホテルを去るときに、また来てくださいね、という一言をかけてもらったのですが、それがなんとも温かく、最後の最後まで私を笑顔にしてくれました。

広島から続く今回の旅は、国内旅行のまだ知らなかった魅力を色づけていく過程であり、人との交流の楽しさやあたたかさを確かめる場面に数多く出会うことができるものでした。東京へ戻る電車の中で、私は自分の心が少なからず豊かになった実感を得ながら、旅とホテルの味わいを反芻していたのです。

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