sequence MIYASHITA PARK 宿泊記 2025年2月

狭い!と思わず叫びたくなるほどに狭い部屋。それが偽らざる第一印象でした。東京、渋谷、高架化された都市公園といういかにもビット・バレーな様相を呈する宮下公園にそびえ立つ、なぜかディストピアを感じさせられるコンクリートの高層ホテル。たぶんこの高架公園自体が剥き出しの鉄骨を感じさせられるから、その延長線上にあるこのホテルもこんな印象を投げかけるのでしょう。面白いのはそこに集う人々の大半はおそらく私のような気持ちを抱くことなく…すくなくともここにいる瞬間は…過ごしているということなのです。

おしゃれな東京。その中心にいる最強のわたしたち。言葉にこそしないけれどそんな自分。そんな意気揚々とした人たちがこの場所にはよく似合います。若いから、なのか、それとも根拠のない自信に溢れているせいなのか、ひとり仕事を終えてとぼとぼとホテルにやってきた私には目もくれず、夜の渋谷の煌びやかさに身を任せて透き通った冬の光のなかを歩いていく人たち。

ああ、こんなことなら今夜はもっと落ち着いたホテルを取ればよかった。そんな後悔にも似た気持ちを抱えながらホテルにチェックイン。ここはほとんど人の声を介さずにチェックインをするのです。その感覚がディストピアみたいなホテルの外観の印象をさらに強くしたことは言うまでもありません。

今日は中層階のスタンダードな部屋が割り当てられました。ふだん私はホテルに泊まるときに、あまり部屋が「割り当てられた」(とかアサインされたとか…)という言葉はあまり使わないのですが、なんとなくそんな印象が強い。機械的に整理された顧客としての私。

扉を開いたときに思わずその狭さに驚きました!

私の人生のホテル経験のなかでもトップクラスの狭い部屋。ベッドの脇はひとりやっと通れるか通れないかの狭さで、ガラスを隔ててトイレとシャワーが一体になっていて(その間はカーテンでしか仕切れない!)、そこに小さな洗面台が付いているだけなのです。完全に選ぶホテルを間違えたかと思いました。

しかし…だんだんと…あれ、意外と居心地が良い。快適かと言われれば違う。例えば私にとって満点の快適性を持っているグランドハイアットのスタンダードルームは、ラグジュアリーホテルとしてはやや狭めながら質の高い調度品が面倒でない距離感に適切に配置されています。しかしここはただただ狭い。壁も薄いのか扉の向こうの声が聞こえたり、下を走る電車の振動音が響いてくる。でもなんだろう。この不思議とほっとする気分や意味のわからない高揚感は…!

しばらく考えていて思ったのです。

これは寝台特急の個室とか飛行機のファーストクラスのような非日常感とその狭さゆえのホールド感なんだ!それはあたかも渋谷の空中で深夜の光のなかをいく寝台特急か、あるいは夜間飛行か。そんな不思議な非日常感にだんだんと酔いしれていく自分に気づきました。

はて、、少し遅めの夕食を求めて宮下公園に降りてみましょう。ホテルから直接空中公園に降りると、たくさんの派手な人たちが集う様子を横目に眺めて、フードコートやレストランが並んでいます。なんとなくしっかりしたものを食べるより気楽なものを食べたいとひさしぶりにPANDA EXPRESSのテイクアウト。ここにアサイーボウルをデザートに。なんだか渋谷スタイルのジャンキーなひとりの夜食になりました。

シャワー浴びて外を眺めるとガラス窓にHi, TOKYO!の文字。ベッドに接した窓から見下ろすと忙しなく電車が行き交っていて、車も人も流れが途切れることがありません。さっぱりしたあとで寒い外を眺めながらひんやりとしたアサイーボウルを食べるのは至福。たまにはこんなホテルステイもいいものですね…と、最初のディストピア的な印象は、いまや小さなユートピアにいる感覚。そろそろ気分もよくなってきたので寝ることにしましょう。けたたましい電車の音を子守唄に。

初電から何本目かの電車の音に朝早く目を覚まし、しばらくしてから朝食へ。TWELVE On The Parkのふわっとしたパンケーキと熱いコーヒーを。昨夜のすべてが夢だったのではないかと疑いたくなるほどに静かな早朝の渋谷。食事をするあいだこの空中の公園を歩いていたのはわずかに3人。ひんやりとした冷たい朝風がガラス張りの高層ビルによってさらに立体的になった渋谷の谷間を抜けていきます。私ももう少ししたらこの風の下に出ていこう。チェックイン/アウトの時間がちょっとユニークなこのホテルでは14時まで滞在時間がありますが、なんとなく今日は昼前にはここをあとにしたい。それはこのホテルが嫌だからではなくて、なんだか昼になって人が増えたら、また違う夢が始まってしまうような気がしたからです。昨夜の賑わいの夜が夢ならば、いま見ているこの朝の静けさもまた夢かもしれない。この夢のような静けさのままに渋谷の街に溶けていきたい。

誰に見送ってもらうわけでもなく、タッチスクリーンのチェックアウトをタップして、あとは鍵をおいたら帰るだけ。いかにもあっさりとしていて味気ないけれど、なんだかそれもいいな、と思えます。渋谷の街は今宵もまたたくさんのひとで賑わっているのでしょうか。また戻りたいような、戻りたくないような、でもやっぱり戻りたいような…そんな不思議な余韻を残す滞在でした。

フォローお待ちしています

個性の光るホテルの最新記事8件