2022年3月 パークハイアット東京宿泊記 ガバナーズスイート

ときどき無気力になる日があります。毎日はそれなりに忙しなく過ごしているはずなのに、なぜか退屈に思えてしまう。出会いと別れ。花が開き、芽吹きだすこの季節は、私たちの心の中にある微細な感性も目を覚ますようです。以前であれば、もっと新しい刺激に対する感性を強く持ったものですが、最近はなんだか鈍くなってしまったような気がしています。それはなんだか寝起きが悪くて、いつまでもすっきりしないままに過ごしているような状態に似ているような気がする…春の日差しのなかでそんなことを感じていた3月のある日でした。

新宿の街の喧騒の中を歩いていく、卒業式の帰りらしい学生たちの姿。そこには別れの切なさと新しい社会への希望が見えました。私たちはホテルからタクシーでここまで来ました。パートナーが今年もお花見ができたら嬉しいな、と語っていたこともあり、せっかくだからまた新宿御苑でのんびりと桜を眺めることにしようと思ってホテルを予約していたのでした。

バレーパーキングでエントランスに車をつけて、開放的なピークラウンジを抜けるのはいつ来ても良いものですが、この季節はまた格別に良いと思います。訳もなく明るい気持ちになります。軽く食事を済ませて、タクシーで新宿御苑に向かいました。自分の車で行ってもよかったのだけれど、付近の駐車場に停めるのがなんだか面倒に思えてしまったのでした。桜の花は満開。大勢の人で賑わっているなかで私たちものんびりとした時間を過ごしました。春の東京らしくぼやけた青空でした。

少し寒くなってきたね。そろそろ部屋に戻ろうか。あたたかいお茶でも飲もう。そんな会話をしながら手を取って歩き、新宿通りを走っていたタクシーに乗り込みました。

今日はガバナーズスイート。彼女がはじめて泊まったパークハイアット東京の客室。このエレガントなリビングで、あのとき私は、少し格好をつけてピアノを弾いてみたのでした。出会ったばかりの頃の瑞々しさとよそよそしさが蘇ってきました。改めてとても広い客室。ふたりではなんだか持て余してしまう空間だと思います。彼女と心に距離感のあったあのころと、より身近になったいまと、どちらがこの部屋の広さを快適に思えたのだろうか…ふと、そんなことが心に浮かびました。

春の明るさが広いベッドルームに降り注いでいました。観葉植物の緑と白い壁。奥のソファにはほとんど座りませんでした。いつのまにか部屋に用意されるようになっていた浄水器に水でハーブティーを淹れました。少し長いこと外にいて冷えた体があたたまりました。夕食までもう少し時間がある。そこで私たちはクラブ・オン・ザ・パークのスパ施設に行くことにしました。大理石のジャクジーでゆっくりしてから、テレビのある部屋でしばらく休憩。徐々に日は傾きかけていました。

部屋に戻るとすっかり外は暗くなっていました。パートナーは服を着替えてきました。最近は気楽に近場に出かけることが多かったせいか、はたまた冬場の色合いに見慣れていたせいか、春色のワンピース姿がかわいらしく見えました。綺麗だね。飾ることのない言葉を投げかけてみました。

ニューヨークグリルでの夕食。以前はもっと名前通りのグリルだった気がしたのですが、なんとなくフランス料理らしいテイストを取り入れたメニューとなっていました。アミューズブーシュからスープまでは特にその趣を感じます。しかしメインディッシュはいかにもこのレストランらしいもの。伊勢海老と和牛のサーロイン。伊勢海老の美味しさは言うまでもありませんが、サーロインは個人的に重たい。結局頼んでしまいましたが、やはりなんだか重たい。でも、なんだかその重たさまで含めて、ニューヨークグリルなんだな、とも思います。ただ、次にここで夕食を取るときには、私は肉料理を他のものに変えてもらおうと心に決めました。

隣接するニューヨークバーのジャズの演奏が加熱してくるころ、我々は部屋に戻ることにしました。

ガバナーズスイートの楽しみのひとつといえば、やはりこのホテル唯一の大きな檜風呂でテレビをみながら、だらだらと過ごすことでしょう。ディプロマットスイートはビューバスではあるもののこのように大きなお風呂ではないし、プレジデンシャルスイートは大理石の巨大な浴槽。ここは妙に和風。全体に無国籍なこのホテルにあって珍しい空間だと改めて思います。

テレビでは1990年代の音楽番組が放映されていました。21世紀に向けた不思議な熱量。このホテルに流れている静かな「熱さ」にも共通するものを感じてしまいました。タイムレスな魅力を持っているパークハイアット。その美学は時代を超えていくものという確信がありますが、このホテルの基調には平成日本のあっけらかんとした「熱さ」があるような気がしています。

意外なほどにあっさりと寝てしまった夜が明けて、ジランドールの朝食へ。今日はここのところ(おそらくセントレジス大阪の朝食以来)個人的にブームが再来しているエッグベネディクトをお願いすることにしましょう。オレンジジュースとコーヒーで目覚めるのが個人的なホテルの朝の定番ですが、パークハイアット東京のそれらは格別の味わい。このふたつのためだけにでもこのホテルに泊まりたくなると言ったら大袈裟ですが、とにかく楽しみにしているものなのです。

そろそろチェックアウトの時間。外出していたせいもあってなんだかあっという間の滞在でした。ライブラリーに飾られている絵も「春」になっていました。そろそろ慌ただしい新年度もやってくるし、やらなければいけないこともたくさんある。でも、不思議と、このホテルにいると、そういう感覚から無になれる気がするのです。やはり現実の時間の流れとは明らかに違う流れがここにはある。そういう確信を持ちながら今日もこのホテルをあとにします。次の予約も入れました。このホテルに戻ってきてぼんやりすること。それが私にとって毎日を生きていくための指針になっているのです。

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