明けない夜はない。人口に膾炙して、使い古されて、薄らとぼけた老人のようなそんな文句が、妙に若々しい精気を帯びてくるのは、過去を精算して前向きになりたいと自分が強く意識したときでしょう。そんな前向きな気持ちというのは、自らの働きかけでどうにかなるものではなく、自らの「外側」からやってくるものだと思います。
年を越すというのは、暦の上では、2019年12月31日が2020年1月1日になるというだけの単純なことにすぎませんが(もちろん1年という時間の流れには宇宙の深淵な秩序に依るものでしょうが、少なくとも、生活を送る上でその秩序を知っている必要性はさほどありません)、私たちはとかくここに「更新」のような意味を与えたがるものです。かくいう私もそのような気持ちを持っていて、例年はさほどでもないのですが、いまは特にそのような意識を強くしています。
ここのページに11月中旬に記事を投稿して以降は、まったくホテルステイをすることなく、ついに年末を迎えることになりました。その理由は単に多忙というだけではなく、家族と仕事の両面での様々な困難がいきなり訪れて、それに直面をするために、とても余裕がなかったというのが実情でした。これらの問題はいまだに解決していないし、自分の価値観や意識を揺さぶり続けているものです。しかし不思議なことに、そこからまた新しい何かが生まれるような、ほのかな期待を覚えたりもします。
困難に向き合っているときに、人は(少なくとも私は)おそらくその困難にばかり目がいってしまうものでしょう。しかし「年越し」という「外側」がやってきて、気持ちを少しでも前向きに「更新」したいと今は思っています。
なんだか自分のお気に入りのホテルで朝食を取るときの気分にちょっと似ている気がします。またそんなイメージを頭に浮かべていると、気持ちが少し軽くなるような気もするのです。
真夜中にホテルに到着するとあたりはまっくらで…諦めて、部屋の明かりをすっかり消して寝る。自宅とは異なる静けさの中で闇を見つめる。そして気づかぬうちに微睡んで、気付いたら朝を迎える。カーテンを開くと夜とは全く異なる世界が広がっていて、その清々しさのなかにちょっと特別な朝食を取る。明けない夜はない。陳腐だけれど暖かくて前向きで爽やかな言葉だって、そういうときに思いますね。
ホテルステイの記憶を綴ることは、単に旅の情報を読者の方に提供するというだけではなく、私の気持ちを投影したり考えを表現したりすることによって、心の拠り所ともなっているのです。直接お会いしたことはないけれどもTwitterなどのコメントを通して交流のある方々、そしてこのページをご覧になってくださる方々の存在…考えてみれば、不思議なものです。そもそも物理的に出会うことすら叶わないような方が、ホテルステイという軸で交錯するのですから。まさしくここに「有るのが難しい」という「有難い」ことだと思わずにはいられません。皆様に感謝いたします。いまは抽象的にしか自分の状況や気持ちを表現できていませんが、このページは来年以降も続けていきたいと思っています。
来年もそしてこれからもどうぞよろしくお願い申し上げます。