知られるようにコロナウイルスによる影響は、世界中のホテルにも出てきており、どこでもスパ・フィットネス・プールなどの共用施設の閉鎖やレストランの提供内容の変更などが見られるようになってきました。ひとりのホテルファンとしては、こうした状況でホテルステイの楽しみ方が制限されてしまうことに対する寂しさと、ホテル全体が緊縮的にならざるをえない状況に対する憂慮と、その他もろもろの社会への不安とが渾然一体なったような気持ちになることも多いのです。
先日はブランチをするためにアンダーズ東京に行ってきたのですが、エントランスで体温チェックと手指殺菌をお願いされ、また設備などもこまめに消毒を行っているようでした。別のホテルで顔馴染みだったスタッフと再会したり、賑わっているアフタヌーンティの様子などを眺めたりして、セレクトブッフェ形式としている「タヴァン」のブランチを堪能できました。行くか行かざるかの議論は置くにしても、ホテルは稼働しているのだなという思いと共に、早くこの騒動が収束することを願い、スタッフの人たちに挨拶して帰路につきました。
冒頭から世相を反映した話題を連ねてみたのですが、同時に、それとは文脈を別にして、無視できないホテル関連の話題もあり、それらについて私なりの視点から語ってみたいと思います。
アマンリゾート「ジャヌー」、東京に2022年に開業
数年前まで日本のホテルの新規開業のエポックは2020年だと思っていました。しかしホテルファンが享受する悦びの波はもう少し先まで続いているようです。
JWマリオット奈良・リッツカールトン日光・キンプトン東京新宿・フォーシーズンズ東京大手町・ハイアットリージェンシー横浜・カハラホテル横浜・東京エディション虎ノ門・メズム東京オートグラフコレクション…
私の気になっているホテルの中で、ラグジュアリーホテルだけを挙げてみても、少なくともこれだけのホテルが2020年に開業しますが、それからもさらに気になるホテルのオープン情報が続きます。そうした流れに最近新たに加わったのが、ラグジュアリーリゾートホテルとして名高い「アマン」の系列ホテルである「ジャヌー」が東京に開業するという話題。まだ詳細は分かりませんが、モンテネグロとサウジアラビアと同時着工で、アマンの従来のコンセプトとは離れて、ひととのつながり、をひとつのキーワードとしているようですね。
ここからは完全な私感になってしまいますが、なんとなく近年さかんなブティックホテルの高級路線、そこにアマンのエッセンスが加わったようなホテルとなるのでしょうか。先行して公開されているJanu Montenegroの写真などをみるかぎりは、かなり上質な雰囲気を感じさせられ、まずはハード面で非常に楽しみなホテルのひとつであることは間違いありません。同時に、AmanではなくJanuであることのアイデンティティをどのように打ち出してくるのかが気になるところです。
そういえば、アマン東京ができたときに、アマンを非常に身近に体験できるようになった嬉しさと同時に、都市型ということに妙な違和感を覚えたことを思い起こします。もちろんアマン東京は卓越した空間と上質なサービスを持ち合わせた魅力的なホテルであることは間違いありません。しかし、森林や海洋あるいは歴史的な場所など、その土地がもつ固有の力を最大限に引き出しつつ、驚くほど見事にモダンな空間と調和させていることがアマンの魅力だという先入観を払拭できなかった自分も同時にいました。
私の知る限り、東京には目を見張るような自然はありませんし、アマン東京が入居しているビルには歴史的な場所に対するロマンを感じさせる要素は特にないように思われます。まだ滞在する機会を得ていませんが、写真でみるアマネムやアマン京都の世界観はまさにそうした私の先入観からしてもすっきりと入ってくるところがあり、非常に魅力的に映ります。
サービスの水準や方法についてはホテルごとに色合いがあるので、一概に良し悪しを判断するのは難しいのですが、どんなホテルにも固有の世界観があると思います。アマンの世界観の魔術的な魅力は広く知られていますが、都市型かつ新しいブランドタイトルで、東京という雑多な都市に挑戦することについてはどう転ぶのかわからない危うさもあるような気がしています。いずれにしても、こんなに気になってしまうのは、素晴らしいホテルブランドに対する期待やあこがれの裏返しにほかなりません。私にとっては2022年がもうちょっと楽しみな未来になりました。
2020年4月16日「エースホテル京都」開業
アマンはしばらく先ですが、こちらはすぐ近い時期の話題です。近年の京都での新しいホテルの開業は、場所のもつ魅力もあいまって、個性的な世界観が次々に姿を表す様を見ているだけでも楽しいものだと思います。開業間近で注目される「ひらまつ京都」や大規模リニューアル後の「ウェスティン都ホテル京都」も行ってみたいところです。
また同時に注目したいのが、アコーホテルズ系の「Mギャラリー 悠洛」や学生寮をリノベーションした「アンテルーム京都」などのデザイナーズホテルの隆盛でしょう。4月16日に開業を予定している「エースホテル京都」はそうした流れの中でもかなり注目度の高いものと言えるのではないでしょうか。
エースホテルに私は滞在したことはないのですが、1999年にシアトルで創業した比較的歴史の新しいホテルチェーン。主に米国の都市部にあり、クリエイターやアーティストに象徴されるような世界観をもったホテルとして知られています。おそらく近年のライフスタイルホテルの流行の先駆けのひとつとなっている「イケてる」ブランドと言えましょう。
まもなくオープンする京都のものは建築家の隈研吾とコミューンデザインがコラボレーションしたもので、旧京都中央電話局を保全した「新風館」の核となるようです。各都市でみられるこのような近代建築のリノベーションに、日本の伝統的な木組みを採用することで知られる隈研吾の世界観、さらにヴィンテージなノリのいい内装を作り出すコミューンデザインの世界観。三つ巴の構想力が作り出すホテルとなれば期待しないわけにはいかないでしょう。
絶対的な勝者はいないけれど、鮮烈な個性を競い合うファッションショーのように、デザイナーズホテルは他のホテルと違うことがより強く求められるところだと思われます。しかし面白いもので、個性を追求していたはずなのに、出来上がったホテルがどこか似通った雰囲気になってしまうということも見られるものです。建築家やデザイナーの個性が強すぎるときに顕著なことかもしれません。それはそれで、共通点と違いの濃淡を楽しむのも悪くはないものですが、当初の「差異化」という戦略からは外れます。するとハードではなくソフトで個性を出していくという方向に向くと思われますが、こちらのエースホテルはいわゆるラグジュアリーホテルというよりはミドルクラスのホテル。どのようなアクティビティやサービスを打ち出していくのかも気になるところではあります。
2020年6月1日 IHG系列の「キンプトン新宿東京」開業
こちらも近年盛んな高級ブティックホテルに関する話題。パークハイアット東京にもほど近い西新宿の一角にインターコンチネンタル系列の高級ブティックホテルである「キンプトン新宿東京」が開業する予定となっていて、現在6月1日からの予約を受け入れています。全151室の中規模ホテルで、コンテンポラリーかつエッジの効いたインテリアデザインが特徴となっているようです。
こちらのホテルは、フォトジェニックなホテルを目指しているということで、ロビーやレストランの写真などから伝わってくる雰囲気はいかにもそうした志向性を感じさせます。ロウアーマンハッタンと新宿の融合という言葉も公式ページには見られますが、すぐ近くの「ニューヨークグリル&バー」なども連想させ、「西新宿は東京のニューヨーク」というイメージの再生産のような気持ちもしてくるのです。もちろんこの似て非なるニューヨーク像というのは、日本の外で目にするエキゾティックに演出された日本の姿にも通うものがあり、それはそれ特有の彩りや面白さを持つものとして、個人的には、あるひとつの世界観として積極的に楽しみたいと思うところです。
ところでこの「キンプトン新宿東京」に限らず、近年のこの手のブティックホテルの進出には目を見張るものがあります。マリオット系列の「EDITION」やハイアット系列の「ANDAZ」に限らず、渋谷ストリームエクセルホテル東急とか三井不動産系の新ブランドである「シークエンス」などのように、ミドルクラスからバジェットレベルのホテルに至るまで、ホテルの正統的な空間イメージを覆そうという動きが盛んに見られます。下手をするとこうしたホテルに対してやや食傷気味になってしまうときもあるのですが、果たしてこの新しい「キンプトン」がどうなっていくのかは気になります。
先日滞在したインターコンチネンタルPier8もそうなのですが、最近のIHG系列の新規開業ホテルの世界観の作り方は興味深く、こうした流れからみると、否応なく期待は高まります。写真でみるかぎり、客室の雰囲気は思いのほかコンサバティブというか、刺激的な要素には乏しいように見えますが、こればかりは実際に足を踏み入れてみないことには判断のしようがありません。ここのところの不安な社会状況が収束していき、当初の予定通りに開業に至ることを願わずにはいられません。
振り返ってみると、ライフスタイルホテルに関する話題ばかりを取り上げていた自分に気付きました。それだけこのジャンルが成長著しいということなのかもしれません。アマンのように新しいブランドを立ち上げるにしても、エースホテルやキンプトンのようにある程度知られているブランドを提げてくるにしても、ひとつのホテルとしてみた場合には、新規ホテルとしての挑戦であることには違いありません。またそれを迎え撃つ従来のホテルも、そうした新しい方向に寄せていくのか、それともあえて距離を取って独自の路線をいくのか…そうしたダイナミズムが見られるところもまた我々ホテルファンを惹きつける要素なのかもしれません。