旧軽井沢KIKYOキュリオ・コレクション宿泊記〜夏の夜の風に吹かれながら過ごす山の一夜

そういえば、数年前の秋に、ひとりで軽井沢に滞在したことがありました。そのときは立て込んでいた仕事がひと段落ついたので、都心のホテルと軽井沢のホテルを「はしご」しようと思い立って、急遽、予約を入れたのでした。ホテルオークラの旧本館に滞在して、馴染み深い朝食をとって、それからひとりで関越道と上信越道をドライブしたときに妙な寂しさを感じて、いつもは聴かないようなアップテンポのパンクロックの曲をあれこれかけていたことを思い起こします。

その妙な寂しさのわけをうまく言葉にすることができないままに、ホテルにチェックインして、読書などをしながら過ごしていました。少し外を歩いてみると、夏の避暑地として名高い軽井沢ですが、秋には紅葉が鮮やかであって、別荘地を貫く狭い道を歩くときの木々の賑やかさは東京にいてはまず感じることのできないものだと思われました。雲場池に薄霞む空気の冷たさ。旅を思い立ったときには、それを感じながら、仕事が片付いたことの安堵感に浸ろうと思っていたのに、なぜかそれに馴染めない自分がいました。

ホテルオークラの旧館のあたたかさや落ち着きを思い返しました。どうやら私の場合、都会ではひとりで過ごしていても、まったく快適に過ごせるのに、山や森のリゾート地では、むしろ強く孤独を感じてしまうようです。その雰囲気が情感を喚起するために様々な芸術の題材にもなっている軽井沢ではありますが、私はそれからというもの、この美しい山や森林にひとりで行くことを意図的に避けてきました。

2020年の夏。今日はひとりではありません。炎天下の東京を抜け出して、はじめて訪れる夏の軽井沢。観光地などに行くことはなく、ホテルでゆったり滞在しようとヒルトン系列の「旧軽井沢KIKYOキュリオ・コレクション」のコートヤードデラックスルームを予約しました。

車をエントランスの横にある駐車場につけて、チェックインに進みます。ロビーラウンジは天井の低さもあって、全体的にコンパクトに感じます。またスタッフの対応にしても、インテリアの雰囲気にしても、あまり過剰なところがなく、淡々としている印象が強いのはヒルトン系列のカラーでしょうか。

ビタミンカラーの取り入れられた客室はポップな雰囲気を持っていて、天蓋のようなフレームが設けられたベッドがユニークでした。今回滞在したコートヤードデラックスルームはその名の通り中庭に面していて、客室からバルコニーに出られるようになっていました。ベッドもソファも硬めという印象がありますが、使い心地は決して悪くありません。

バスルームとトイレとベイシンはそれぞれ独立式となっていて、全体的に白が際立つウェットエリアです。もともとあった建物をリノベーションしたためか、デザイン性はさほど際立った特徴を感じませんが、使い勝手は良好です。

バスアメニティはMaison Margielaが手掛けるPEPLICAというもの。Tea Escapeという言葉から爽やかな香調かと思いきや、甘く濃厚さが最初に際立ち、霞んだような余韻が残るものでした。万人受けしそうでありつつ、じつは結構好き嫌いが分かれるかもしれないと思い、その意外性が面白いと思いました。

ソファーテーブルにはシードルと小さな季節のタルトが用意されていました。そのほかにも冷蔵庫の中の飲み物がコンプリメンタリーになっているのも特徴といえましょう。

周辺でウインドウショッピングなどをしてからホテルに戻ってきたら、ロビーフロアにあるラウンジでカクテルタイム。同じフロアのカジュアルレストラン「ア・ターブル」のメニューも持ってきてもらって、それぞれの個性が主張しあう信州野菜をふんだんに盛り込んだサラダや、ハーブの香りのバランスに優れたシャルキュトリーと共に頂きます。

数年ぶりの軽井沢。周りには家族連れのゲストも多くあり、いかにも避暑地の夏という賑やかさを感じます。自分自身も今日は心を許せる人とふたりで過ごせる安心を強く思います。

食事を済ませて部屋に戻り、ベランダから外の様子を眺めると、意外なほどに賑やかにライトアップされた夜の軽井沢の木々が目にとまります。ふと数年前の夜にひとりでフランス料理のフルコースを食べたことを思い出しました。そして都会で見るときよりも空が明るく見えました。

朝が訪れて、爽やかな風が吹き込んできました。ずっと抱えてきた積荷を下ろしたときのような、軽やかで前向きな気持ち。

レイトチェックアウトの特典を生かして、少しホテルでゆっくりしてから、中軽井沢で昼食を取ってから東京に戻りました。少しだけ長距離のドライブ。関東平野を走りながら、埼玉県に入ることには夕方が近づいてきていました。どういうわけか夏の夕暮れの関東平野は物悲しさがあります。それは夏の終わりのはじまりを感じさせるせいなのかもしれないし、あるいは、今回の旅の終わりに対する寂しさなのかもしれません。

助手席に向けてその気持ちを語ると、同じような気持ちで外を眺めていたという言葉が返ってきました。関東平野の夕暮れに芽生えた共感。東京に向かいながら不思議と物悲しさは背後へと退いていったように思われました。

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