長く続いているお店には、長く続いているだけの理由がある。このことは当たり前のようでいて、意外と見過ごされやすいひとつの事実かもしれません。東京にある伝統的な高級ホテルを見回してみても、創業当時からほとんど変わらないままに営業しているようなお店というのは、案外ないものです。
もちろんお店に求められるものを時代に合わせて変えていきながら、基本的な部分にあるものを変えない、というようなコンセプトのお店もたくさんあります。例えば、昨年のThe Okura Tokyoの開業のときに、名店の【ラ・ベル・エポック】に現代的なエッセンスを散りばめてオープンした【ヌーヴェルエポック】などの例もあります。
しかし創業当時からの伝統をいまに伝える名店というのも少なからずあるものです。ホテルニューオータニといえば、東京の日系ホテルの中でも「御三家」の一角として君臨し、数多くの名店を館内に擁していることでも知られています。開業当初からの「The Sky」や名だたるグランメゾンの「トゥールダルジャン」に始まり、庭園を見渡せる「ガーデンラウンジ」やテーマ性の強い「ガンシップ」や和食の巨頭「なだ万」など非常に数多くあります。またカジュアルに楽しめる店も多くあり、その幅広さは東京のみならず、日本でも随一といっていいほどのものだと思われます。
そうした数々のお店の中にあって、一見地味だけれども、優れた名店のひとつなのが、今回リポートするステーキハウスの「リブルーム」です。リブルームが開業したのは、ホテルのオープンの翌年である1965年のこと。当時からステーキハウスとしてずっと変わらずに伝統の味をいまに伝えています。
ニューオータニはとにかく敷地が広く、日本庭園なども有名ですが、昔から続いているお店が数多く入居しているアーケードも見応えがあります。ホテルにあるショッピングアーケードという帝国ホテルが有名ですが、あちらは1970年代以降に設けられたものなので、東京で見られる開業当時から姿の変わっていないアーケードとしては最古クラスのもの(他にも東京プリンスホテルのPISAなどもありますね)ではないでしょうか。
いまのホテルの基準に比べると高さも低いのですが、シャンデリア調の証明と曲線を描く天井がなんともいえないクラシカル・エレガンスを感じさせます。入居しているお店の雰囲気もいい意味で現代的ではないエレガンスを持ったお店が多く見られます。こうしたアーケードを擁する昔ながらのホテルの空気をいまに伝えるというだけでも、このホテルニューオータニ東京の存在感は際立つものだと思います。
リブルームはこのアーケードの一角に位置しています。
アールヌーヴォー調の雰囲気にわずか52席しかないというプライベート感。またお店のスタッフの方たちがとても紳士的なのも印象的です。ピリッとした雰囲気を漂わせながらも緊張感をゲストに強いることのない心地よい距離感。この距離感の巧さが醸し出す居心地の良さ(個人的にはホテルオークラの「ベルエポック」で感じた居心地のよさに近い感覚です)はさすがだと思わされました。
座席の背もたれの高さが印象的ですが、あまりゴージャスさはなく、どちらかといえば質素なインテリアコードだと思います。ホテルらしい華やかな雰囲気を重視される方には物足りないと思われるかもしれませんが、個人的には、前述のスタッフの方の対応の良さも相まって、とても落ち着ける空間でした。
今回はランチでの利用でした。グリーンのグラスやクラシカルな銀の食器。過度に飾りたてなくても、さりげないところに上質な感じが出ている。このある種の「謙遜」がなんともよいものです。
今回注文したのは「ヘルシーランチ」と呼ばれる脂質少なめのフィレ肉を使用したメニュー。内容もサラダバーとパンにランプステーキ、そして食後のデザートとコーヒーというシンプルなもの。サラダバーは種類はさほど多くはないものの、野菜もドレッシングもしっかりと上質なもので、とても美味しくいただくことができました。
サラダを堪能し終えたところの絶妙なタイミングでランプステーキが運ばれてきました。付け合わせはクレソンとベイクドポテトだけの大変シンプルなもの。ソースは伝統の醤油ベースの「オリエンタルソース」と言われるものが別に運ばれてきます。
いつも思うことなのですが、シンプルなものほど、素材そのものの味わいがどれだけ引き立てられるのかがはっきりと出てきてしまうものだと思います。こちらのランプステーキはその意味でも非常に挑戦的なものなのですが、果たして…と、ナイフを入れてみるとすっと切れていきます。そして一口頬張ると、完璧と言っていいほどの炭火の香ばしさと肉の柔らかさ。そして広がっていく素材の豊かな味わい。牛肉特有のクセがなく、さっぱりとしていて、いつまでもその味わいを噛み締めていたくなります。
またこのさっぱりとした味わいにアクセントを与える「オリエンタルソース」がまた美味しい。とても素朴だけれどもとても深みのあるもので、さりげなくスパイスが香る。このスパイスのさりげなさや醤油の香ばしさは、日本的な味わいを強く意識したものと思われますが、ステーキとの相性も抜群に良いのです。
ベイクドポテトにはサワークリームが添えられていますが、甘みもしっかりとあり、少しだけ塩をかけて食べるとこちらも素材の味わいが強く立ってきます。またステーキには本当に小さな「味噌スープ」がついてきます。あえて「味噌汁」ではなく「味噌スープ」と名乗っていますが、このスープのコクが食欲を広げるのに一役かっています。またステーキを食べた後のもたれる感覚をなくしてくれるように思います。
非常によく考えられたシンプリシティ。おそらくどんなに時代を経てもこのシンプリシティが飽きられることはないと思いました。またここにこのお店がずっと開業から今まで存続している理由を見たような気がしました。
デザートもシンプルにアイスクリームがひとつ。完全なる独断ですが、日系の老舗ホテルのアイスクリームは美味しい。ホテルオークラのレモンパイやチョコパイについてるアイスクリームも美味しいのですが、こちらのニューオータニのバニラアイスもとても美味しいのです。
他にもガーデンラウンジとかSATSUKIとか様々なところで楽しむことができるものですが、ここリブルームでもこの冷たくて甘い喜びを享受することができます。バニラビーンズの香りと濃厚なミルク。さっぱりとしたステーキに対して、こちらはこってりとしたアイスクリームです。しかしこってりしているといってもそこはアイスクリームなので、最終的には爽やかな余韻を残していくものです。このあたりのバランス感覚も実によいものです。
今回はランチタイムかつ他の用事もあり、あまり長い時間ゆっくりはしませんでしたが、とても強い満足感と共にこの店を後にしました。いつかまた時間ができたら、ニューオータニの庭園を散策したり、アーケードを歩いたりしつつ、こちらリブルームで食事して、変わっていく時代の変わらないものをしっかりと味わいに再訪したいものです。