フォーシーズンズ丸の内東京宿泊記(デラックスプレミアルーム)〜都会から隠れるために都会に隠れる

怒りや悲しさや疲労やその他もろもろのことに身をやつしたときには、しばしば、そうしたことに対してすべて無関心になってしまいたくなるものです。今いる場所からまったく離れたところに避難することもそのためのひとつの手段かもしれませんが、意外と身近なところにも自分を匿名的にできる場所があるかもしれません。

フォーシーズンズホテル丸の内東京(Four Seasons Hotel Tokyo at Marunouchi)は、まさにそうした目的にかなう、いわば、「都会から隠れるために都会に隠れる」ホテルのように思われるのです。

今回は所用の関係で東京駅周辺のホテルを検討していたところ、知人であり、またこちらのスタッフでもある方から是非にと勧められて、こちらに滞在する機会を得ました。私にとっては数年ぶりの滞在でしたが、今回はその印象を含めてリポートしてまいりたいと思います。

チェックイン

東京駅の八重洲口(ホテルの名前とは線路を挟んで反対側にあるのです)に程近いパシフィックセンチュリープレイスの側道に「フォーシーズンズホテル丸の内東京」のエントランスがあります。ほとんど目立たないというところがこのホテルの性質をまず表しているような気がします。

今回はバレーパーキング。エントランスに車を横付けすると、すかさずベルデスクのスタッフが駆け寄ってきて車を預かってくれました。そしてそのままスムースにチェックインへ。今回は時節を反映するように空室が多いとのことで、通常のアメックスのFHR特典に加えて、さらに数段階の客室のアップグレードをしてもらえることになりました。

フロントのスタッフの方々は優等生的な印象を受けました。必要な説明をコンパクトにまとめていて信頼感がおけます。ここで知人とも挨拶を交わして、客室までエスコートしてもらいました。

非常にこじんまりとしたフロントデスクのある1階から上がってくると、非常に落ち着いた雰囲気のホールに降り立ちます。中世の旅を連想させる行李が置いてあり、さりげなく日本らしさを演出。この「さりげなさ」はこのホテル全体を貫くひとつのテーマであるように思うところです。

端正な雰囲気の廊下を行きます。モダンでスタイリッシュだけれども、コンサバティブな雰囲気もうまく混入されていて、全体としては上品な雰囲気。とても感じの良いゲストサービスの方はとても気さくに色々とお話をしてくれて、非常に愉しく、気持ちのよいチェックインができました。

このようにゲストを愉快な気持ちにさせることができるというのは素晴らしいと思います。愉快な気持ちになれるということは、肩の力を抜いてくつろげることを担保させていることの裏返しでもある。あえてくだけたサービスを提供するというコンセプトのホテルもありますが、こちらはあくまでも丁寧で洗練された雰囲気を保ちつつ、このような安心感を与えているということを積極的に評価したいと思うものです。

デラックスプレミアルーム

今回は「デラックスプレミアルーム」という客室に滞在。スイートルームを除くこのホテルの客室の中では最も広い客室面積を誇る部屋です。

ベッド&リビングエリアは、シャンパンゴールドやベージュ、ブラックといったいかにもラグジュアリーホテルらしい色合いを取り入れた落ち着いた客室。しかしブティックホテルの流行などによって、かなり先鋭的な客室も数多く見られるようになっている昨今、このようなインテリアコードはどこか無難で没個性的な印象を与えるかもしれません。

良く言えば万人受けするが、悪く言えば面白みがない。しかしこの優等生的な「面白みのなさ」が翻ってこのホテルには大事だと思うのです。ただのホテルにプラスアルファを求められるラグジュアリーホテルにあって、ハード面を徹底してゴージャスにすることは目に見える付加価値ですが、あくまでもシンプルな客室の雰囲気で勝負することは並大抵ではありません。

この客室に用意されているそれぞれのアイテムを使ってみると、このシンプリシティの中に隠された質の高さを感じ取ることができます。このような「さりげない上質」をうまく作り出しているホテルに拍手を送りたいところです。

例えば、ベッドひとつをとってみてもそれは言えることです。天蓋があるのはクラシカルですが、それが革製なのがモダンにも振れている。ベッドは王道的な極めてやわらかく気持ちの良い寝心地を実現しているものでした。ベッドサイドテーブルにはあまりものが置かれておらず、またコントローラーがベッド側に向けられているなど、さりげないけれども非常に使いやすい。

フルハイトウインドウに垂直に配置されたデスクのデザインにも感心させられます。まず使い勝手が良く、この部屋ならではかもしれませんが、横目でちらりと見える景色がとても面白い。走り抜ける数多くの自動車とひっきりなしに往来する電車が混じり合うダイナミズムを、なんとも他人事のように眺められるのです。

もちろん本来のデスクの用途のように、書き物をしたり仕事をしたりする。しかしこのデスクに座るときの自分は、なんとなく、良くも悪くも、いつもの自分から切り離されているような心地がするのです。

このカウンターについて特筆すべきことは特にないけれど、必要十分な設備がしっかり整えられているということは指摘しておきたいところです。コンプリメンタリーのミネラルウォーターに、おなじみのネスプレッソも常備。ティーカップやデミタスカップはシルバーがアクセントになっている上品なデザインで、このホテルらしさを感じさせられます。

バスルーム

エントランスの方に戻ると、右手にウォークインクローゼット、左手にバスルームがあります。

構造上完全に分離されているわけではありませんが、バス・シャワーブース・トイレが分離されているというつくり。エントランスからみて、部屋の中央にバスタブが垂直に置かれているという配置をみると、私はパークハイアット東京のデラックスルームを連想します。しかしあちらはかなりアーティスティックで雄弁な雰囲気を持っているのに対して、こちらは物静かで落ち着いた雰囲気。

テレビなども特に設置されていないし、シャワーブースもハンドシャワーとヘッドシャワーという最小限の構成に留められています。このあたりは東京都内のラグジュアリーホテルとしては、やや物足りなさを覚えるところかもしれません。

ベイシンもかなりコンパクトにまとめられています。もちろん必要なものは過不足なく揃えられているし、ガラス製のシンクもおしゃれですね。ちなみにこちらのホテルの開業は2002年。外資系ラグジュアリーホテルの開業が相次いだのはその数年後のことですので、時代性を考慮すれば納得もいきますが、設備面ではどうしてもそうした後発のホテルと比べると見劣りします。

バスアメニティはロクシタンの「AMANDE」シリーズ。以前は妖しげなムスクの香りが印象的な「ETRO」が用意されていたと記憶していますが、いつのまにか変わったようです。香りは全体的にうっとりするような甘い香り。使用感も決して悪くありません。特に面白いと思ったのがシャワージェルではなくてシャワーオイルになっているところで、非常に洗い上がりがしっとりします。

都会を隠れるホテルでくつろぐ

客室に入って、このホテルに招いてくれた知人としばし談笑してから、このホテルでくつろぐことにしました。いつもだったらホテルに色々と持ち込んで作業をするところですが、この日はそれほどたくさんのものは持ち込みません。コーヒーをかたわらに最小限の電子書類を捌きながら、この特異な空間の部屋を堪能することにしましょう。

どっしりとしたソファーに腰掛けて、備え付けのスピーカーでジョン・コルトレーンのBlue Trainを聴くと、力強く、ばちばちと弾けるような音の波。窓の向こうにはひっきりなしに東海道新幹線のN700系が滑らかに走り去る様子が見えます。

今回の部屋はホテルの客室フロアとしては最上階に位置するところですが、すぐ上がパシフィックセンチュリープレイスのオフィスビル。目の前には首都高速の換気塔。そうした眺望にとっての障害物の存在がむしろこのホテルの「隠れ家」的な雰囲気を強化しているように思えたのです。ダイナミックな人や交通の流れを下に見る、いかにも都会的な景色ですが、この外から切り離されたような空間に身を置いてみて、自然とここが、都会から隠れるために都会に隠れる場所なのではないかという印象を受けました。

気を利かせて客室に入れてくれたウェルカムフルーツもいただきましょう。甘酸っぱい苺や蜜柑の味わいはどこか懐かしい優しさを連想させます。洗練されたシンプリシティを感じさせながら、どこか素朴で優しいサービスを提供してくれたゲストサービスの方に感謝の念を覚えながら堪能しました。

部屋でのんびりするうちに日も暮れて、少し小腹が空いてきたので、このホテル唯一のダイニング&バーである「MOTIF RESUTAURANT & BAR」に行くことにしました。こちらは客室よりも北側に位置していて、窓に面した席につくと、東京駅や丸の内のオフィスビル群が展望できます。

フィッシュアンドチップスは素朴な味わいですが、白身魚のぷりっとした食感がしっかり生かされていて、爽やかなレモンを一絞りするだけで素材の味わいが広がります。またタルタルソースがほのかにスパイシーな香りが立ってきて、まろやかな余韻へと移ろっていくのも楽しいものです。

せっかくなのでなにか飲むものも。私はノンアルコール派なので、可能であれば、だいたいどこでもモクテルを頼みます。メニューにはなかったけれど、スタッフが丁寧に要望を聞いてくれ、季節のフルーツをもとに適当に作ってくれるとのこと。出来上がったのはノンアルコールスパークリングワインをベースにして、季節ものである苺にレモンピールを加えた、ほんのり甘酸っぱいモクテル。

春を前にしながらも乾いていて空気の澄んだ夜だったので、ビルから溢れる光の密度の高い賑やかな眺めを展望しながら、ゆったりと東京らしい夜の景色を眺めていました。

部屋に戻るとターンダウンも済ませてあり、昼とは違った表情を見せる部屋と外の景色。走り去る電車の光。遠くに見えるビルから溢れる光。昼よりも少なくなった交通量や歩く人たち。ダイナミックな夜の景色が展開する高層のホテルの眺めのような華やかさはないけれど、この都市の息遣いに密接しながらもどこか他人事のようにその光景を見つめられる部屋は、それはそれで魅力的なものだと改めて思います。

何か甘いものが欲しくなって、インルームダイニングにクラシックティラミスをお願いしました。和風のトレーに載せられて運ばれてきます。ザバイオーネクリームのとろける甘みはとても軽やかで、決して粉っぽさが強調されないココアパウダーはあくまでもやさしく、全体的にはしっとりしているという正統的な味わいでした。また爽やかな刺激をほのめかすような甘い香りをもつトンカ豆のアイスが程よいアクセントになっています。

ふわふわの使いやすいベッドに横になり、持ち寄ったバルザックの短篇を読んだりして過ごします。非常に贅沢でありつつ、落ち着いた気持ちで過ごせる時間。ラグジュアリーホテルならではの満たされた快適性を感じつつ就寝することにしました。

朝食:モティーフレストラン

朝目が覚めると、いつもよりもちょっと遅い時間。身支度を整えて朝食に向かいます。

フォーシーズンズホテル丸の内東京の朝食は、こちら「モティーフ」で取れるようになっています。通常であれば、ブッフェ形式のものが用意されているようですが、この日はコロナウイルス対策という時局を反映したためにセットメニューでの提供となっていました。

また私が行った時間にはこちらで食事を取る人がまったくいなかったのも印象的でした。おそらく通常時はもう少し賑わっていることでしょう。

行き交う列車の流れを見ながらの静かな朝食。用意された一皿ごとの料理の質はとても高いものです。小さなサラダボウルの野菜はそれぞれの素材の甘みや香りがしっかり主張してくるし、具材のハムの醸し出す味わいをとろりと包むオムレツの風味もとてもよい。パンやヨーグルトまでもしっかりと気が配られているという実質ある朝食を取ることができました。

チェックアウト

朝食の後には、丸の内周辺での仕事を済ませてからホテルに戻って、しばらくゆっくりしたあとでチェックアウト。東京のラグジュアリーホテルの中にあって地味なこちらのホテルは、華やかさや特別感を求める方にはあまり向かないかもしれません。しかし実質的な快適さを求めて滞在するゲストの期待には必ず応えてくれる場所だと思いました。惜しむらくはプールがないなど付帯施設がやや物足りないところですが、このあたりは割り切って利用する必要があるでしょう。

久々の滞在となりましたが、基本的にはその頃の印象とほとんど変わることなく、今回も安定して快適だったことは改めて強調しておきたい点です。同じフォーシーズンズの系列のホテルが同じエリアに開業が予定されていますが、そちらとの関係はどのようになるのだろうなどと考えつつ、いずれにせよ、この都会に隠れられる特異なホテルの雰囲気と、あたたかくどこか素朴なサービスの心地よさは今後も存続してほしいと思いました。素敵な「都会隠れ」に招いてくれた知人に感謝しつつ、また戻ってきたいという余韻とともにこのホテルを後にしました。

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