ザ・キタノホテル東京宿泊記・平河町のコンパクトなキングルームとサンパウの朝食と

東京の中枢はどこか?という質問にはなかなかひとつの答えを与えられないような気がしますが、永田町から霞ヶ関にかけてのエリアは、その代表的な場所のひとつと言っていいでしょう。国会議事堂や官庁街があり、ホテルに関しても、帝国・オークラ・ニューオータニと御三家は概ねこのエリアに隣接しています。また首相官邸の裏手にはキャピトル東急が控えており、政治家や官僚が数多く出入りする、雑多な人混みの東京にあって、独特のぴりっとした雰囲気の漂うエリアです。

さてそうしたなかで、今回リポートしていく「ザ・キタノホテル東京」は、これらのホテルとはエリアをほぼ同じくしながらも、独自の立ち位置にあるホテルです。漂う空気感は確かに「御三家」や「キャピトル」に感じられるものなのですが、ホテル自体の設備や指向性は、それらのグランドホテルとはまったく異なったものに思われます。それはホテル自体の大きさの違いという水準を超えて、なにかひとつの、永田町にあって永田町ではない空間とも言える不思議なものなのです。

関西から東京に戻ってきたのはもう深夜。人混みもすっかり途絶えて静まりかえった平河町の一角に今日の滞在先である「ザ・キタノホテル東京」がありました。煌々と光っている部分は日本の伝統的な文様のひとつである菱形で、似たような雰囲気としては「ホテルオークラの旧本館」のエントランスあたりのことを連想しました。

深夜にロビーラウンジに入るためにはカードキーをかざさなければなりませんが、私は当然持っていなかったので、フロントに電話をかけて開けてもらってから、チェックインとなりました。

エントランス周辺はしーんと静まりかえっています。ホテルのある場所柄、周辺にはコンビニエンスストアがあるくらいで、外には車の走る音だけが聞こえます。

コンパクトなロビーはやはり周辺のグランドホテルにはないものですが、いわゆるビジネスホテルのそれとも異なる上質さがあります。ただし華美な感じではなくあくまでも控えめな演出。このあたりはこのホテルの設立の経緯も関係しているのかもしれません。

もともと「ザ・キタノホテル東京」は、同グループによる「北野アームス」という長期滞在型の高級サービスアパートメントでした。私は残念ながら「アームス」時代に滞在したことはありませんが、1960年代的な色合いを強くもちつつも、隠れ家的でモダンな雰囲気であったと伝えられています。見方によってはホテルらしくない雰囲気のエントランスや、これからご紹介する客室の雰囲気にもこのようなインテリアコードは貫かれているように思われます。

チェックインを済ませて客室に向かいます。チェックインを担当してくれたスタッフの方はとても親切で感じのよい人でした。些細な点ですが、非常に重要な点でもあると思います。

エレベーターはカードキー式で宿泊する客室のある階にしか停まらないようになっています。なおこのように竹を中央に配したアトリウムになっていて、縦方向の狭さのせいか、本来開放的である吹き抜けが、どこか閉ざされた雰囲気を併せ持っています。個人的には嫌いではありません。

スーペリアキングルーム

今回滞在したのはスーペリアキングルーム。カテゴリーとしては最もリーズナブルなものです。私はホテルにひとりで滞在するときは、たいていさほど広くない部屋を好みます。もちろん余裕のある部屋の魅力もそれはそれであるとも思うのですが、なんだか空間を持て余してしまうような気がするし、その余った空間がまた寂しさのような感情を誘ったりするのです。むしろ必要な機能がコンパクトにまとまっていて、快適性が高い方が嬉しいものです。

ザ・キタノホテル東京のスーペリアキングルームはその意味では、なかなか優等生的な部屋のサイズ感かと思います。狭すぎることもなく、かといって過分に広くない。ふたりで泊まるにはちょっと物足りないけれども、ひとりで泊まるには心地よく過ごせるサイズです。

デザインコードもベージュやライトブラウンが主体になっていて落ち着きます。よく言えば安定感のあるこのような万人受けしそうなデザインをどう評価するのかは難しいところです。ブティックホテルとして見ると、もう少し面白さがあってもいいかと思うし、高級ホテルにしては、やや高級感に欠ける、しかしビジネスホテルよりはもう少しランクが高いように思える…方向性が見にくいのですが、快適であることには変わりないので、それでよしとしたい気がします。

ちなみにベイシンのスペースがオープンになっていて、ベッドスペースまで突き抜けているのも、部屋を視覚的に広く見せるのに効果的であると共に、空間的な一体感を感じさせ、ひとりで泊まるときの不必要な孤独感を緩和させるのに成功しています。

先ほどは適切なサイズ感と言いましたが、もしふたりで滞在するならば、この一体的な空間は議論を巻き起こすかもしれません。例えば、夫婦や家族、あるいは付き合いの長い恋人同士のようにプライバシーを気にしないくらい親密な仲であれば、さほど気にならないかもしれませんが、付き合いたての恋人や友人との滞在でバスルームを出ていきなりベッドスペースというのはやはり違和感を持つ方も多いでしょう。

せめてカーテンなどで仕切ることができれば、このような問題は回避できるのでしょうが、そのあたりはマイナスかと思われます。ちなみにこのような割り切った空間デザインは、例えば、プルマン東京田町の客室などもそうでした。個人的にはひとりの滞在だったので、快適に過ごせましたが、好き嫌いははっきりと分かれると思います。

なお申し遅れましたが、置いてあるダブルベッドは体に負担のかからなそうな低反発で快適です。しかし枕が柔らかすぎて、そのアンバランス感はいただけないですね。

客室のテレビは標準的なサイズ。シンクのついたこのようなスペースもあり、コンプリメンタリーのミネラルウォーターやおなじみのネスプレッソなどが置いてあります。このようなアメニティの充実度は高級ホテルとしての最低限の水準を満たすものです。

種類は多くありませんが、冷蔵庫の中のドリンクはすべてコンプリメンタリーです。ビールとコーラとオレンジジュース。ひとりで滞在する(特に一泊ならば)には十分すぎるほどの内容です。

バスルームとトイレは独立式。このあたりもビジネスホテルのユニットバスとは一線を画するところ。やはり独立式のバスルームはいいものです。レインシャワーもついているほか、バスソルトもしっかりと用意されていて、配慮を感じます。

ベイシンエリアに戻ってみると、バスアメニティがこのように用意されています。ミラー・ハリスの「Tea Tonique」シリーズです。実をいうと、私はこのフレグランスを夏に愛用しています。レモンをしぼったアイスティーのような爽やかさと清潔感の漂う香りです。バスアメニティとしての使用感は特筆すべきものではありませんが、やはり良い香りです。

サンパウでの朝食

あれこれと言いましたが、ひとり寝には快適な客室で一夜を明かすと、眠気から覚めた永田町のぴりっとした空気を感じます。

ブラインドを開けると、高速道路の合流点が眼前に。その向こう側に皇居と丸の内の構造ビル群が見えます。特に圧倒的なランドスケープというわけではないけれど、印象的な朝の景色です。身支度を整えたら朝食を取りに階下に向かいましょう。

昨晩はアトリウムの上の方から見下ろしていましたが、朝の光が入るとこの竹の配されたエリアは落ち着きと爽やかさが同居する雰囲気になります。右手前側には宿泊客用のラウンジエリアがあり、奥の方にあるのが今回朝食をいただいたレストラン「サンパウ」です。

この「サンパウ」はスペインのカタルーニャ料理の三つ星の名店として知られており、ランチやディナーではそのファインダイニングとしての実力を発揮しているとのことです。いつかは夜にも食事に来てみたいものですが、今回は朝食を堪能できたらと思います。

菱形の文様に朝日が反射して、複雑な影を描き出す明るい空間がそこにはありました。ファインダイニングだけれども軽そうな木の椅子やライトなトーンの絵画がかけられていて、気軽な雰囲気をもっています。しかしテーブルセットはしっかりと整えられているあたりは、やはりカジュアルダイニングとは違うのだと実感させられます。

スタッフの対応もきわめて丁寧なものです。この明るい空間とは対照的に、どちらかという控えめな感じの方が多い印象がありましたが。

ブッフェスタイルを採用するホテルが圧倒的に多い中で、このようなコース形式の朝食を提供しているところは珍しい。日系のホテルでも帝国ホテルの「レ・セゾン」やオークラ(The Okura Tokyo)の「ヌーヴェルエポック」のように、グランメゾンを擁するホテルはともかくとして、ブティックホテルにあって、このようなスタイルの朝食を取れることは喜ばしいことだと思います。

スモークサーモンやサラダについては、飾り付けの仕方などに個性が光ります。ただし味わい自体はそれほど目を見張るほどのものではなかったというのが正直なところです。すべてのものについて言えることは、ただただ凡庸。もちろん決してまずかったり手が抜かれているということはないのですが、高級ホテルの基準で考えてみると、やはり凡庸の域を出ないものです。

オムレツとベーコンとソーセージ。素材もよく、とても丁寧に作られていることがわかるものです。先ほどサラダやコーヒーやジュースなどは凡庸と表現しましたが、このオムレツについていえば、圧倒的な個性はないけれども、価値ある一皿といえましょう。

さてここで朝食をとることに価値があるでしょうか。もしザ・キタノホテル東京にシングルユースで滞在するならば、周辺にコンビニもあり、ささっと済ませてしまうこともできるかもしれません。朝食のレベルも圧倒的に高いわけでもなく、ブッフェのように気軽に様々な選択肢を取れるわけでもありません。しかし私はやはりこの朝食を再び選んでしまうと思いました。朝日の差し込む空間で、一皿ずつ運ばれてくる料理を楽しむというのは、限られたホテルでしか味わえない喜びだと思うのです。その丁寧に作りあげられた時間は何者にも変えがたいものです。

チェックアウト

ザ・キタノホテル東京のチェックアウト時間は午前11時。少しのんびりと朝食を取っているとあっという間という印象があります。私はこの日は持ち込んだちょっとした仕事があり、チェックアウト後もどこかで少し作業ができたら嬉しいと思ってフロントに持ちかけたところ、宿泊客用のラウンジで過ごせるように手配してもらうことができました。またこのホテルにはいわゆるビジネスセンターなどもないのですが、資料を少し印刷しなければならずに困っていたところ、フロントのスタッフが代行して印刷をしてくれたりもしました。非常にきめ細かく親切で、今回の滞在で私にとって最もこのホテルの印象をよくした要因は、フロントデスクのスタッフだったといえます。

ラウンジはレストラン「サンパウ」の横にあります。空間デザインには共通点もみられますが、こちらはどことなく「和」を意識した空間となっています。しかしあまり強くその主張が強くならずに謙虚な雰囲気があり、利用客の少なさも手伝って、落ち着いた雰囲気をもっています。

ラウンジで席に着くとすぐにスタッフが抹茶と菓子を用意してくれました。こちらのスタッフの方たちも非常に愛想がよく、とても気持ちのよい対応をしていました。ホテル自体の規模はコンパクトで、ブティックホテルという割にさほど強い個性があるということもないのですが、スタッフの質は非常に良いと思いました。

ザ・キタノホテル東京での滞在は短期間の滞在だったのですが、ひとり寝には程良いサイズ感の部屋と十分な設備、そして心温まるスタッフに恵まれて、快適なものとなりました。個人的にはホテルステイを楽しむという目的であれば、設備の充実度やホテル全体のもつ魅力の点で、やはり他の高級ホテルに向かってしまうと思います。しかしこの快適度の高さを考えると、ビジネス需要などがあれば、またきっと泊まりに来たくなる、そんなことを考えつつ、このホテルを後にしました。

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