オークラ東京宿泊記2021 パートナーの誕生日をヘリテージウイングで

やはりこのホテルには格別の素晴らしさと懐かしさがあります。すでにこのホテルに対する思い入れについては以前に書き連ねたことがありました。The Okura Tokyo…つい以前と同じように「ホテルオークラ」と呼びたくなります。伝説的な旧本館から現代的なホテルへと転身を遂げたこのホテルですが、私にとっては、やはり過去からの連続性の中に新しい記憶を折り込んでいく場所なのです。

私のこのホテルの思い出の一端はこちらに

私の祖父と私とは色々と対照的な性格だったと思います。私の祖父は良くも悪くも我が強く、酒も大好きで、無駄なものにはお金を出さない合理主義者でした。私は周囲の目や空気感を気にするし、酒は一滴も飲まず、また無駄なものに価値を見出す傾向にあります。[…]

もし私が自分の最も好きなホテルを聞かれたら、パークハイアット東京か、オークラ東京を挙げるでしょう。それほどまでに愛するホテルですが、愛するパートナーを連れてきたことはこれまでにありませんでした。それはふたりが出逢ったばかりの頃に、互いにホテルステイの話題で盛り上がり、この思い入れのあるホテルには、なにか大切な時期まで行かないようにしようと取り決めていたのでした。ちなみに東京のホテルという意味で最初にふたりで滞在したのはパークハイアット東京でした(そもそも意気投合するきっかけのひとつとなったホテルでもあるのです)。

今回このホテルに滞在することになったのは、ふたりで迎えるはじめての彼女の誕生日だからでした。このホテルであれば、きっと時代が移ろっていってもなくなることなく存在感を放ち続けるに違いないと私は思います。

幼少の頃からよく訪れた旧本館の記憶。大切な場所。写真は閉館直前に滞在したときの思い出の一枚ですが、今回は、まさにこの構図の場所から見える位置にあるヘリテージウイングに滞在しました。時間の連続性の中に連ねていく、いまの記憶。その滞在についてリポートしてまいりましょう。

アメリカ大使館の横の急な坂を登りつめると、左手に水盤のある開けた石造りの広場があり、そこにふたつのガラスのタワーが立っています。奥の方にあるのがプレステージタワーで、手前にあるのがヘリテージウイング。昔はモダニズムの傑作が立っていたこの坂を登るアプローチは、時代が変わっても、なんだか高鳴るものを感じさせられます。

バレーパーキングで車を預けようとヘリテージウイングの横に車をつけると、ベルスタッフが全速力で走ってきました。驚くべきことに、私の名前を知っていて、そのままフロントの手続きへとシームレスに繋いでくれました。じつは数日前にパートナーの誕生日ということでコンシェルジュとちょっとした相談をするためにこのホテルに来ていたのですが、そのときにおおよそのチェックインの時間を伝えていて、その時間とそのときに乗っていた車種から判断したのでしょう。いずれにしても、このような連携がしっかり取れているホテルというのは、ゲストとしても安心感があり、当然、信頼感にもつながり、ホテルの底力にもつながっていくものだと思うのです。

かつて「平安の間」の飾られていた「三十六人歌集」の壁画が落ち着きのなかにも華やかさを感じさせるシンプルなロビー。ここに座りながらチェックインを進められることもじつに素晴らしいですね。諸々の手配をしてもらってから再び車に乗ってパートナーを迎えに行きます。

ゆっくり時間をかけたフランス料理のランチタイム。ときに思い出を、ときに将来のことを…我々はずっと話し続けていました。

我々がホテルに戻ってくると、今回部屋をアレンジしてもらったコンシェルジュ、そしてベルスタッフやチェックインを担当してくれたスタッフの心温まる歓迎の挨拶を受けて、部屋まで向かいます。オークラらしいエクスクルーシブなもてなしの体験。パートナーはこの古くて新しいホテルをどのように感じたのだろうか?部屋に用意しておいたプレゼントを喜んでもらえるだろうか?あれこれ考えながら部屋に向かいます。

果たせるかな、彼女はどちらも心から喜んでくれたようです。伝統の折り鶴と折り亀のお出迎え。このホテルにふたりで来られて本当によかったと感じた最初の瞬間でした。

今日はバルコニー付きのコーナールーム。二面の窓からの眺めは、パノラミックではないものの、虎ノ門のビル群と適度な距離があり、明るくて、都会的な雰囲気を感じられる独特のもの。そして奥の窓はバルコニーにつながっており、眼下には緑眩しい庭園が眺められるようになっています。客室の雰囲気に派手さはなく、全体に渋く、質実剛健な日本らしさを感じさせるもの。ベッドの質も非常によく、客室のインテリアと相まってとても落ち着きます。

ウェットエリアも渋い雰囲気。派手さや華やかさとは違うし、コンテンポラリーというのとも違う。やはりここにも和の趣。とはいえ、バスルームにはレインシャワーにミストサウナ、そしてテレビもついており、ゆったりとした入浴時間を楽しむためにはこの上ないほどの設備がそこにはあります。またバスアメニティはBamfordとThreeが用意されているほか、十分な量のタオル。アメニティの好き嫌いは置くにしても、ここまで充実したウェットエリアを持つホテルは都内でもここだけではないでしょうか?

もう少しバスルームを見てみると、バイブラ機能がついていたり、ビューバスになっていたり…高層階であれば圧倒的な眺望を楽しむことが出来るのでしょうが、中層には中層の眺望の良さというものがありますね。普段そんなに長風呂をするわけではない私であっても、ここはついついゆっくりしたくなってしまうほどに充実しています。

あとで外を散歩してみようか。そんなことを話しながらバルコニーから外を眺めていました。アメリカ大使館前の物々しい警備も、都心にしては少ない車の通りも、このホテルの眺望らしいところ。目前のビルの谷間の小さな庭園にはときどき散歩する人の姿や、季節の花が咲き誇る様子がみえて、日暮らし眺めても飽きない楽しさがあります。

このバルコニーの奥にはかつての本館の正面玄関に施されていた「菱紋」の柱があります。すっかりモダンになったホテルオークラのヘリテージウイング。しかしそこかしこに昔ながらの面影を感じられて嬉しい気持ちになります。その思い出をパートナーと語り合えることもまた楽しい。

客室でしばらくゆっくりしたあとはプレステージタワーの最上階にあるラウンジ「スターライト」に。もともと本館には同じ名前を冠したラウンジがありましたが、ふと最後の滞在のときに好きな細切りチャーシュー麺を食べたことを思い出しました。いまはすっかりモダンなラウンジに。でも新しいはずなのにどこか昔の名残を感じさせるような、良い意味で、今っぽくない雰囲気があります。

我々はここでモクテルを頂くことにしました。ミントとライムの使い方がとても大胆で、繊細な黒糖の甘さも感じられるヴァージンモヒート。フランス料理のランチですでに満腹になっていた我々にとって、同時に提供されるラウンジフードをすべて食べるのは至難の業でした。さて、そうこうするうちに段々と日が傾きかけてきました。

さっきまで部屋から眺めていた庭園を散策することにしましょう。竹林を抜けていくのは旧別館へのオマージュでしょうか。さほど規模の広くない庭園なのですが、そこがまた良いと思います。彼女の手を取りながら歩いていきます。初夏の風が通り抜けていく向こう側には芝生と草花の匂い。周囲にはたくさん高層ビルがあるけれど、地面にいながら、なぜか空も感じさせました。

水盤の中の方まで歩いていけるんだ!そう気づいてふたり歩いてみました。いまだに旧本館のイメージは強く残っており、ガラス貼りのヘリテージウイングを見ても、まだオークラと連想するのに少し違和感がありますが、この現代的な日系老舗ホテルの姿もまた悪くないものですね。パートナーの生まれてからこれまで過ごしてきた日々に想いを馳せる日を、思い出深いこのホテルで共に過ごせて本当によかったと思います。

ヘリテージウイングの窓ガラスには、いまだにかつての名残をとどめる旧別館の姿が写っていました。スクラップアンドビルド。その運命が見えているような気がしますが、せめてあの建物だけでも残してもらえないものかと横を通るたびに思います。

変わっていくもの、変えてほしくないもの、変えたくないもの。

結局この日のディナーは、ホテルのオールデイダイニング「オーキッド」にて軽食で済ませました。あまりにもランチをゆっくりたくさん堪能したのだと改めて思います。静かな夜に幼少の頃の思い出を聞きながら過ごします。この部屋はじつに昔語りにふさわしい穏やかさがあります。これもまたじっくりとしたバスタイムを終えて、あたたかな談笑をする間に夜は更けて、ふかふかのベッドに眠りました。

朝食はルームサービスにて。本来であれば、ピリッとした空気感が心地よいヌーヴェルエポックで朝食を頂きたいところですが、今日はコロナ禍のために休業中。代わりに大好きなフレンチトーストにハーブソーセージを添えてもらい、さらにフルーツの盛り合わせを注文。フレッシュオレンジジュースの爽やかな甘さに目覚めもよく、窓を開ければここちよい緑風が流れます。

今度泊まるときこそはきっとヌーヴェルエポックに行こう。そう語りながら、こうしてふたりでゆっくり食事ができるのも悪くないものだなと思います。

今日も天気は快晴。バルコニーでコーヒーを飲んでいたら心地よくなって、せっかくだから、近くまで散歩に行こうということになりました。

東京出身者にありがちなのは東京タワーに登ったことがないこと。もしかしたら記憶が曖昧なほど前に登ったことがあったのかもしれませんが、近くにあって、なかなか行かない場所ではあります。そんな話をしていたせいか自然と東京タワーを目指して軽く歩こうということになりました。

…ところが結局、もう少し近くの愛宕山に目的地を変更。東京タワーはまたしても別の機会に。きまぐれな散策です。

好きな人と好きな場所で過ごす時間というのは本当に早いもので、もう正午を回っていました。外が暑かったせいもあり、なにかのどごしの良いものを食べたくなって、まずは和食の「山里」に向かいました。普段であれば定食とか天ぷらとかを食べたくなるところですが、今日は更級そばを頂きます。くせのないさっぱりと上品なそばを、同じく折目正しさを感じる余裕のある和の空間で頂きます。

出逢ったばかりの頃は、このホテルの魅力について懐疑的であったパートナー(彼女はどちらかといえば洋の空間、外資系ホテルの雰囲気が好きだったようです)も、いまはすっかり山里もオークラも好きになったようで、私としても一緒に楽しめて嬉しい限りです。

デザートも食べてしまおう。こうしてホテルの中のレストランを「はしご」することにしました。目的はもちろん(?)オーキッドのスイーツ。ここにはクラシカルでありながら驚くほど美味しいデザートの数々があります。

私の絶対の一品はチョコパイアラモード。

ぷるっとした優しい甘さのしっとりとしたチョコレートとさくっとしながら程よく口で溶けるパイ生地のハーモニー。深いバニラのコクからはじまり、昔馴染みの「アイスクリン」のようなさっぱりした後味へと抜けるアイスクリーム。そしてクセのない清楚な甘さとなめらかさのクリーム。それが渾然一体となってどこにも真似できない素晴らしく甘美な体験へと我々を誘います。

私は昔からこのチョコパイが大好きで、ついつい雄弁になってしまいます。そしてこのとき同時に我々はこのレストランのピーチメルバの美味しさも再発見してしまいました。おそらくまた近いうちに食べにいくことでしょう。このスイーツのためだけにでも再訪したいほどです(なお、名物のレモンパイやプリンや季節のケーキの美味しさも特筆すべき味わいなのですが、それについてはまたいずれ)。

ほどなくして部屋にもどり、しばらくゆっくりふたりで過ごしているうちにもうチェックアウトの時間が来てしまいました。名残惜しくもまた訪ねることをふたりで誓い合って、このホテルをあとにすることにしました。ホテルオークラからThe Okuraに新しくなっても、その感動は変わることはありません。もちろんあの昭和日本の最上級のモダニズム空間を懐かしく思い出すことも多々ありますが、ここにはラグジュアリーホテルに私が求めるすべてがあるように思うのです。丁寧で親切で一生懸命なスタッフ。落ち着きながらも心が高鳴るような非日常の空間。そして織り込まれていく物語や記憶。絶対に一緒に行きたいと思っていた人をここに連れてくることができた私は幸せだと思います。

誕生日を迎えたパートナー。今というときを一緒に過ごせる幸せを感じる私。この大好きなホテルに再び戻ってくるときに、この日のあたたかい記憶もまた話題にのぼるに違いありません。

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