The Okura Tokyoヘリテージコーナーキング宿泊記・ホテルオークラ新本館の魅力と記憶

あらゆるところに昔の記憶をとどめながら、まったく新しい世界になったな…というのがこのホテルで一夜を過ごしてみて強く感じたことです。伝統(そう、このホテルはこの言葉が好きだし、よく似合う)の名前である「ホテルオークラ東京」を改めて「The Okura Tokyo」となった、新しいこのホテルの開業から2週間。私にとっては色々な思い出のつまったこのホテルに滞在してきました。

最初に訪れたのはやはりロビー。かつての本館の意匠をほとんどそっくり再現させた空間です。新本館のイメージを最初にみたときに、まったく新しい空間デザインとなるのではないかと思っていただけに、伝統を残していこうとするその姿勢には拍手を送りたくなったものです。そしてこの空間に足を踏み入れる日を心待ちにしていたのでした。

オークラ・ランタンも、梅の花型のテーブルセットも、麻の葉紋型の木枠も、四弁花紋の屏風壁も、懐かしい世界時計も…すべて昔のままに残っている。まさしく「伝統の継承」を印象付けるものでした。しかし私がここに足を踏み入れて、ふと感じたのは、昔そっくりだけど、昔のオークラではない、という新鮮さと切なさが合わさったような気持ちでした。この違和感はなんなのだろう…あの60年代のホテルの匂いやこのホテルを愛した人々の息づかいはなく、まるではじめて見た光景のような気持ちがしてきました。

伝統は継承できても、あの空間に優しく息づいていた「懐かしさ」は、どうやらもう戻ってこないものなのかもしれません。しかしそれはそれでいいのかもしれない。このホテルをノスタルジーの場所として見るのではなく、まったく新しい東京のラグジュアリーホテルとして見つめてみたい。そう思いました。

ヌーヴェルエポックにいく

この日は某展示会が大宴会場の「平安の間」で開催されており、その招待の一環で、昼食をフランス料理の「ヌーヴェルエポック」でいただくことになっていました。The Okura Tokyoはふたつのタワーから構成されており、ロビーのある高層棟の「プレステージタワー」と中層棟の「ヘリテージウイング」です。両方のタワーは内部の渡り廊下でつながっており、日本料理の「山里」と「ヌーヴェルエポック」については「ヘリテージウイング」の方に位置しています。

ヘリテージウイングに到着するとまず目に入ってくるのは、この「三十六人歌集」の屏風。これは旧本館の平安の間にあったものです。このようなモダンな空間に配置されるとまったく違った趣を持つものですね。かつての平安の間は日本的な空間をかなり強く打ち出していたのですが、このようになると、近代建築の美術館に飾られた作品のように見えてきます。それが良いか悪いかの評価は分かれるとしても…

ヌーヴェルエポックはヘリテージウイングのロビーエリアと同じ階に位置しています。かつて別館で「ベル・エポック」として営業していた当時は長い長いアール・ヌーヴォー調の廊下を通っていったものですが、こちらはなんだか美術館の一角にぽつりと名店がある、というような雰囲気です。またこのレストランのインテリアコードは、かなり「和」を強調しているのも特徴的かと思われます。

個人的には別館時代のあの隔世されたような格式張った雰囲気が、よそ行きの緊張感を生んでいて、とても好きだったのです。「ベル・エポック」は和風を打ち出したホテルオークラにあって、完全に異質な空間でした。それが「ヌーヴェルエポック」はホテル全体の統一感の中にあります。

むかしはホテルに入るだけでも、正装に近い格好をしていかなければ恥ずかしかったといいます。いまはスマート・カジュアルとはいいながら、もっとカジュアルな雰囲気のホテルも増えています。ホテルオークラはある意味時代錯誤的にその「正装」の雰囲気を持っていてほしい気持ちが半分、時代に合わせた新しい装いのホテルになった嬉しさ半分、の複雑な気持ちがこのレストランの空間からも感じられました。

なおヌーヴェルエポックの料理の味わいも、和の技法や旨味の活かし方をかなり取り入れた、まさに新しいものになっていました。料理も食器も上質かつ強いこだわりが見えるものになっていて、楽しめると思います。ただ私の大好きだった「牛フィレ肉のウエリントン風」などの、かつての定番はもうメニューにはありません。名物のひとつ「クレープシュゼット」は伝統として継承していくようですが、失われていくものと受け継がれていくものを思う食事になりました。

継承されたスイーツ;チョコパイ・ア・ラ・モード

ヌーヴェルエポックではありませんが、オールデイダイニングの「オーキッド」では、伝統的なメニューのいくつかをいまも味わうことができます。じつは私はホテルオークラのケーキはかなり好きで、特に定番中の定番と呼ばれるようなものの、その味わいのシンプルな中にある奥深さにいつも驚かされます。

私がかつて好きだったパイ・ア・ラモードは、しっかりとThe Okura Tokyoになっても引き継がれていました(※写真は別館営業時代に撮ったものですが、食器が変わった以外、変わりません)。

チョコパイは驚くほどにシンプルな味わいです。しかしサクっとした食感と、しっとりぷるぷるとしたチョコレートの甘く香り高い余韻の組み合わせは、もう幸せ以外のなにものでもありません。モダンさはないものの素直で優しい。そしてそれに添えられているホイップクリームの上品で軽い甘さも素敵なアクセント。チョコパイにクリームを少しつけながら広がる味わいの変化も楽しいものです。

そしてきわめつけはホテル特製のアイスクリーム。いわゆるバニラビーンズの香りを極限まで高めたような美味しさが一方の局にあるとしたら、ここオークラのアイスクリームの特徴はバランスの高さ。もちろんバニラの香りもするのですが、どちらかといえば卵やミルクといった素材の風味を活かした素朴かつ深い味わい。どこか「アイスクリン」のような、洗練とは対照的な懐かしさを覚えます。しかしあくまでも上品で柔らかく、ひんやりと清涼感を残す絶妙さ。これがチョコパイと合わさることで、その幸福さは一層強さを増すのです。

チョコパイ・ア・ラ・モードはぜひともコーヒーと一緒に味わいたいものです。というのも、オークラはコーヒーもまた非常にバランスが高く、酸味と苦味と香り、どれも極度に主張することなく、譲り合いながら、個性を調和させているのです。それがこのパイア・ラ・モードにもぴたりと調和する、本当にみごとなものだと思います。

他にもピーチメルバやショートケーキなどの定番中の定番のスイーツがThe Okura Tokyoには継承されています。クリスマスのチョコレートケーキなどもあまりにも王道の味なのですが、王道をいく味わいで、ここを超えるものには出逢ったことがありません。このスイーツのレベルの高さがしっかりと継承されたことはとても高く評価されるべきだと思います。

ヘリテージコーナーキングに泊まる

The Okura Tokyoのヘリテージウイングにはバルコニー付きの客室などもあり、前方の公園が見える落ち着いた雰囲気になっていますが、我々が今回滞在したのは角部屋である「コーナーキング」タイプの部屋。ちなみに風呂から外の景色を見られる「ビューバス」タイプでもあります。

エントランスからぐるっと回遊するように、ウォークインクローゼット、ベッド&リビング、バスルーム(ミストサウナ付き)、そしてエントランスに戻ってきます。客室はまさしく和モダンで、かつてのホテルオークラの持っていた客室の古き良き雰囲気とは対照的な極めて洗練されたものになっています。どこか「和風」を取り入れているホテルは数多くありますが、ここまで上質かつ洗練されたものに仕上げているところは、これまでになかったと思います。

ベッドの質もなかなか高いものです。ただしかつて置いてあった「鶴と亀」はもうなくなってしまったのかもしれません。たしかに手間のかかるものだろうし、あっても別になんということはないのですが、かつてオークラのおもてなしのアイコンであったものがないのは、なんだか不思議な感じがしました。

リビングエリアの落ち着きもなかなかのものです。モダンな旅館にも同様の雰囲気を持たせたものがあるのですが、やはりオークラはオークラならではの空間美があるように思います。

バスエリアもこのように御影石調の洗練された雰囲気。床暖房も備えられており、快適そのものだし、さらにダブルシンクというのも嬉しいところです。とくにこのような水回りはかなり改修など難しいようで、旧本館だったころも一部しか新しい設備ではありませんでした。もはや最新鋭のホテルと比べても見劣りしないどころか、なかなかここまでのレベルを備えているところはないくらいです。

バスアメニティもbamford。かつては資生堂のオリジナルを使っていて、それはそれの良さもあったのですが、外資系ホテルなどの上質なバスアメニティのラインナップを考えると、このチョイスは正しいと言えるでしょう。なお「プレステージタワー」ではバスアメニティが違うものが用意されているようですね。

バスルームもすっかり最新のものになり、独立式、ビューバス、レインシャワー、テレビ、ミストサウナと、およそ高級ホテルに求められるものをすべて備えた上に、さらにプラスアルファが加えられたような豪華仕様のものです。もうこれ以上求めるものはない、まさしくホテルの設備としては最上級のものといえましょう。

また窓のところのウッドブラインドとあいまって、和の雰囲気を感じさせ、ホテルのアイデンティティが強く反映されているように思えます。

ヘリテージウイングのもうひとつの特徴としては、部屋に備え付けてある冷蔵庫の中の飲み物はすべて無料となっているところです。ビールもソフトドリンクも用意されており、充実度は高いと思います。また赤い箱の中にはこのようにお土産品が詰め込まれています。扇子などはなかなか個人的に購入する機会もないので、ちょっと嬉しいものです。

The Okura Tokyoの全体的な印象

客室はホテルオークラの旧本館や別館からは隔世の感のある、きわめてモダンかつ上質なものでした。これは標準的な客室としては国内最高レベルの水準と言っていいでしょう。客室料金は外資系最高級ホテルの水準と並ぶものですが、バレーパーキングのサービスや、5種類から選べる朝食、スパ・ジム・プールアクセスなどの様々な特典を合わせて、さらに高品質の客室とオークラ伝統のサービス水準を考えてみれば、十分に価値ある滞在をすることができるでしょう。

地下部分にショッピングアーケードがあったり、大倉集古館のように美術館が併設されていたりと、日本の伝統的なホテルの要素を随所に残しながらも、すっかり新しくなったホテルオークラ。館内をふらふらと歩き回ったりしてみても、なんともいえず落ち着くのは、やはりこのホテルの伝統に裏打ちされた安心感なのでしょうか。そういえば(まだ新しいせいもあるかもしれませんが)きているお客さんの層も、若い人よりも中高年が多い印象でした。

ヘリテージウイングのエントランスから外に出る大倉集古館。その向こうにはまだ営業中の、なんだか時代に取り残されてしまったような別館が見えます。

冒頭にも書きましたが、旧本館に使われていたものをたくさん使っていて、しかもロビーに至ってはそっくりそのまま再現してあるのに、なんだかまったく別の空間にいるような気持ちになりました。ついつい私はこの新しいThe Okura Tokyoにかつてのホテルオークラの影を重ねてしまうのです。向こう側にみえる別館は確実にかつてのホテルオークラの連続性の上にあります。しかしこちらのThe Okura Tokyoはまったく新しい日系の最高級ホテルなのだなという認識を新たにしたところです。

それはかつて「ザ・キャピトル東急」や「パレスホテル東京」に対して感じたものとも共通する(そういえばニューオープンした日系の伝統的なホテルは、どことなく全体の雰囲気が似ているような気がします)のですが、今回は特に過去からの断絶を強く感じました。それはそれだけ思い入れが強いということなのかもしれませんが、少なからぬ寂しさも覚えずにはいられませんでした。しかしもうこれは完全に新しいものだと割り切ってしまえば、個性的な空間と上質な客室を備えた、唯一無二のホテルと言っていいと思います。

ホテルの開業日から数日はかなり激しい混雑で、あまり雰囲気もよくなかったようですが、我々が滞在したときにはヘリテージウイングはすっかり静かで落ち着いていました。先日この宿泊記とは別に再びこのホテルのロビー(プレステージタワー)に行きましたが、滞在したときよりもだいぶ落ち着いてきたように見えました(開業したてのときの嫌な感じの客もほとんどいませんでした)。

ホテルのロビーでふと一息つきながら、新しさと古さが同居するこの空間に込められた過去の記憶と、これから紡いでいく出来事に思いを馳せました。きっとこの先もThe Okura Tokyoは東京を代表するホテルのひとつとして数多くの人々の記憶を紡いでいくのでしょう。

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